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[新専門医制度問題] 機構副理事長松原氏講演より 第一回「新設医大は戦時中の臨時医専!?」

2018/03/04

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

[新専門医制度問題] 機構副理事長松原氏講演より

第一回「新設医大は戦時中の臨時医専!?」

 

仙台厚生病院 医学教育支援室
遠藤希之

 

2018年2月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

新専門医制度転職

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本専門医機構副理事長、松原氏が、

「「地域推薦枠医学生の卒前・卒後教育をどうするか?」

~新専門医制度下の地域枠卒業医師の動向~」という

シンポジウムで基調講演を行った(2018年2月16日 於 一橋大学)。

 

氏は、総合診療科の研修内容や施設認定を行うなど、

専門医機構内での実務上キーパーソンである。


その講演に出席した方々から詳しい話を聞くことができた。

正直にいうと非常に判りにくい話し方だったそうだ。

 

話題が右往左往し、

唐突に別の話題に飛ぶなどきわめて難解であったとのこと。

 

ただし、よく聞くと氏の哲学や目指すところが

おぼろげながらみえてきたという。

筆者も非常に詳しく内容を聞くことができた。

そこで、数回に分けて氏の講演内容を紹介し、

解説を試みたいと思う。


初回は、なぜ地方の新設医大に専攻医が集まらなかったのか、

そして東大、京大、慶応大に偏りがあったのか、

という問題に関する、松原氏の本音とみられる部分である。

 

なお、今回は氏の発言内容をなるべく詳細に記したため長文になった。

解説は次回にまわしたい。

 

以下が、氏の話である。

 

「まぁちょっとここで余談をしますと、

医師を大量に生産した時代が日本国にもかつてございました。

 

それは、戦争のために医師がたりない、

それで全国に医専を作って臨時医専というところでございます。

大量に医者を育てて、

そして1,2年で一人前にして戦地に繰り出す。


ところが、戦争が終わりますと、

その先生たち海外からあるいは満州やら中国から戻ってこられたり、

あるいは、1年や2年の勉強だけですぐに出征、

ようするに徴兵されて

戦地の方にでて戻ってきたときに大変つらい思いをした。

 

それまでは大学病院の中で研修して

しっかり勉強してだしていたものが、

臨時医専になったときに

そういった役割ができていないまま出されたうえに、

ほとんど講習を受けたり、研修をうけたりすることが

できないような状態で

介輔をやる先生が大量に戻ってこられて、開業されます。

 

開業されて何をされたかというと、

まあ全科を診る、

まあそのころではスクーターにのって、

町医者がみて、そして何科も見ますよと、

逆には何科も見れない医者を作ってしまったということであります。

 

そんななかで何科もみれない医者が何をしたかというと、

パターン化して右行け左行けどの病院にいけというのが、

それ以上のことはできない、ということで

その先生たちも非常にアイデンティティで

苦しんだという経緯がございます。


その町医者が素晴らしいと言っても、

実際に世界中の中でそういったことを担っている医者が

どのようになっているかといいますと、

世界中の中でこと日本の医療というのは

たいへん高く評価されております。

 

(ここからしばらく、各国の専門医事情の話題になったそうだ。

その後、今回の専門医制度の話に戻ってくるが、

今度は医師の強制配置の話にむかい、

その後、「また」という、接続詞の後に、

上記の話の続きが始まったとのこと)

 

「また、研修施設については、

大学病院以外の小さいところからも随分決まりました。

大学病院以外の医療機関・・・・

ただ、現実を見ますと、

今回、一次募集に募集をした数を診ますと、

やはり偏りがあります。


なぜそういう偏りがあるかといいますと、

日本の国の医療つまり医学を担当した大学は

旧帝国大学、旧医科大学、それから、戦前からある医専、

それから戦争中作られた臨時医専、

この多くが各主要都市と主要県の医科大学になっているわけですが

こうして、最後がいまから数十年前に作られた新設医科大学。

 

そのきれいなボーダーができておりまして、

やはりそういった東京大学、慶応大学、京都大学、

そこに基幹病院の実権が集まっているというのも

紛れもない事実なんですが、

このことを裏返しますと、

そういった大学や旧医科大学が、

ジッツを持っているところに人を派遣している。

そうしてそのような駐留する現象はまだ残っています。

 

最終的に今回非常に人がいなくなったのは、

沖縄と静岡、それから宮崎、島根、秋田、岩手ですけれど、

これ共通しているのは

殆どはもともと大学は新設医科大学だということであります。

 

静岡がものすごく減ったんです。

どうしてこんなに減ったのかといいますと

静岡だいたい3年目の医師が、

2年目を終わる予定の医師が200人弱います。

しかし、医科大学、

浜松医科大学が卒業させているのは120人です。


ということは、現在のままをやっていても、

だいたい70~80人の人たちが他の県から来ている。

 

京都大学や慶応大学や東京大学から

基幹病院のところに派遣されていて、

そして研修が終わった途端に

またその人達がもとの基幹病院に戻っているので、
今回こういいますかやはり70人から80人位静岡県は減っています。

 

しかし、それは2年前の研修制度で

自動的に基幹の大学病院から送ってきた人たちの籍が戻っただけで、

いま今回の新臨床研修制度の後の専門医制度につきましては

基幹病院をもって所属としていますので、

基幹病院があるのが東京や大阪や京都に多い。


また、岡山大学など、

そういった現象はまだ起こっていますが、

しかし医療が崩壊しているというわけではなくて、

そこの大学は医局として、

病院の人たちをまた派遣しているという現実も実際にあるわけで、

そのなかで、今回、地域枠の方々がどのように過ごしていくのがいいか、

地域枠の先生たちがこれから育っていくのに、

どのような形にしたらいいのかということを、

私たち議論いたしました。

 

こういった基幹施設として、

こういった大学病院からの派遣、

実際問題として県立中央などは

例えば九州などは福岡の九州大学が人事権を握っています。


だからそういったところに所属して、

実際的に人は見合っている方向です。」

 

氏の考えが手に取るようにわかるのはないか。

さて、読者諸賢の感想はいかがだろうか。

 

 

 

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