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この国の医療の行く方に関する一考察

2018/06/25

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

福島・浜通り 竹林貞吉記念クリニック
永井雅巳

 

2018年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

医療の行方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医療は患者さんにサービスを提供するものである。

 

したがって、医療に関わるモノは、

常にもっとより良い医療(サービス)を提供したいと願う。

 

したがって、その健全な想いに基づく以上、

世に無駄な医療はないような気がする。

 

しかし、医療をサービス業としての一事業体と考えると話は別となる。

サービスには限りはないが、

提供する側の資源、ヒト、モノ、金、時間、情報などには

全て限りがあるからである。

 

投資が資源を越えれば

事業(医療が事業とすればの話だが・・)が成り立たない。

 

医療や教育などの社会資源と言えども継続する事業であるためには、

正しい現状認識が必要だ。了解である。

 

例えば、ヒトに関して言えば、

医師不足、看護師あるいは介護士不足に関する問題は、

現場で、もっとより良い医療・介護を提供したいという想いと、

限られた人的資源のジレンマから起こるし、

償還価格より高い医療機器は、

(それが患者さんにとって、より良いサービスを提供するモノと解っていても)

事業主はその購入に二の足を踏まざるを得ない。

 

この有限な資源側を越えて行われるものは、

(適切な言葉ではないかもしれないが、ある意味)過剰な医療とされる。

 

単純化すれば、理想と現実の話かも知れないし、

実は、日本のような計画医療経済から観れば、

時の為政者がどこに線を引くかだけの問題かも知れない。

この点は重要だ。フォーカスの置く場所、と何処にだ。

 

一方、サービスのもっとも大切な部分は、公平性である。

もっと言えば、サービスを受ける側に対する公平性である。

 

例えば、サービスが時の為政者や業界・官界、

その権力に巣食う人達の意向により決定され、

本来、公平なサービスを受ける側

(同時にそれはその財源の本来提供者でもあるのだが)への

サービスに不公平性があってはならない。

 

いや、在っても良いかも知れないが、

それは十分な説明と国民的了解がなくてはならない。

 

本来、医療や教育など社会資源と言われるモノは、

利益を生む構造になっていない。

 

もし、そこで利益が生まれるとしたら、

一部の権力者への忖度があるからである

(社会資源に巣食う者を許してはいけない)。

 

1960年から1980年に向けて、

経済が活気を帯びていたころは、

より良いサービスの提供に向けての健全な想いに基づく

医療の取り組みが優位で在り、国をリードしてきた。

 

医師不足を補うための一県一医大構想が象徴であるが、

それ以降の構造的な経済不況は、

圧縮可能な(と考えられている)

この領域にメスが入れられることとなった。

 

それでは、現在、

国民が十分な医師数や病床数があると考えているか、

あるいは考えていないとしたら、

わが国の医療は国民の期待する方向に向かっているのだろうか。

 

そして、この施策の方向性は、

誰がどのようなプロセスで創り、

それは国民に十分な説明がなされ、

国民的コンセンサスを得て志向されているのだろうか?

 

現在、わが国の医療の課題は、医療費の高騰である。

 

国は、このまま医療費の高騰が続けば、

この国が滅びると恫喝する。

 

経済資源側から観ると、

わが国の医療は、

わが国の身の丈を越えた過剰な医療なので、

サービスの圧縮が必要であると言う論点である。

 

一方、その矛先は、

まさに、国民生活の医療現場そのものである。

 

高齢者社会に至り、核家族化、あるいは地域間格差が進み、

今後、医療・介護に対する需要が増加する中で、

本当にこの医療現場への圧縮は国民の期待するところなのだろうか。

 

むしろ、その需要から考えれば、手厚くすべきではないか。

 

宇沢弘文先生は、

“医療を経済に合わせるのではなく、医療に経済を合わせろ”と喝破した。

 

医療費高騰の原因となっているところを考えてみたい。

当然であるが、今や医療は、

その現場のサービス業のみで成り立っているのではない。

 

その間には、製薬、診療材料、医療機器、

情報産業などの製造業などの市場が拡大してきた。

 

以前は(と言っても、そんなに昔ではない)、

医療費の大半は医師や看護師など

サービス産業にかかる費用であったが、

医療の成長とともに

(そのもたらした成果を否定するつもりはないが)、

その周辺産業のマーケットが膨らんだ。

 

2016年11月全国保険団体連合会は、

そのHPに、

“膨張する医療費の要因は薬剤費にあり”という

検証結果を報告した。

 

その内容は、2000年から2015年の間に

医療費は約12兆円増加しているが、

病院の伸びが5.3兆円、調剤薬局の伸びが5.1兆円と大半を占め、

入院外医療費の7.8兆円の増加の53%は薬剤費であるという。

 

またレセプト一件当たりの薬剤料は、

この間+59.1%と天井知らずの伸びを示しており、

その原因にわが国の高薬価構造があると指摘している。

 

以上の全国保険団体連合会の報告は、

2010年から2015年までの15年間における検証結果であるが、

残念ながら、私は1985年国が医療費高騰を危惧し、

計画的に医療の在り方を誘導した(第一次~第七次医療法改正)

この30年間についての検証結果を持たない。(誰か示して欲しい)。

 

国の総医療費抑制をめざした医療法改正の焦点が、

“果たして何が医療費高騰の主因であるか”を

十分な検証と説明責任を果たさないまま、

もっぱら医療現場・国民生活にその代償を求めているように思える。

 

製薬業界の現状についてレポートする

第一三共株式会社のHPから引用すると、

「製薬産業は、これからの時代の成長産業と言われています。

不況といわれる近年においても業界の市場は前年と比較し成長しており、

2013年度の医療用医薬品国内市場は、

初めて10兆円を超える結果となりました。

薬は人々が健康に暮らしていくために必要なもの。

特に、高齢化が進む21世紀の社会にとって

必要不可欠な産業と言っても過言ではありません。

日本だけでなく、先進国における高齢者比率は高まっており、

今後数十年間にわたってこの傾向は続きます。

さらには新興国においても高齢化社会が到来し、

市場は今後も拡大すると予測されています。

経済の好況・不況による影響が小さい製薬産業の市場は、

これから先も伸び続けます。・・・売上総利益率に注目すると、

製薬産業の割合が30%超と抜き出ていることがわかります。」とある。

 

製薬産業界の発展やわが国の経済成長に異議を唱えるつもりはないが、

驚くのは、その利益率が30%超で在ることだ。

 

2016年度厚労省の公表した医療経済実態調査によると、

精神科以外の病院の利益率はマイナス4.2%で、

その主因は人件費の高騰による

(それだけ多くの人が関わっているということだ)という。

 

政府もこの業界の考えを強力に後押しする。

 

2013年に公表された「日本再興戦略」では、

医薬品、医療機器、再生医療関連の市場規模は

2020年に16兆円と設定され、

2025年には20兆円に達すると予想され、

「健康・医療戦略」においても、

医療関連産業を活性化することが日本の経済成長に寄与すると論じられる。

 

製薬業界だけではない。

 

日本病院会の報告によると、

その会員からのアンケート調査に基づく医療機器関連費用は

年間、約1兆9千億円、IT関連費用は約7千億円、計2兆6千億円であるという。

 

この額は平成27年全国医療機関費用42兆円のうちの

病院分26兆円の約10%を占めるという。

 

結果、「先端医療機器の整備は病院医療のレベルを向上させ、

患者の健康維持、医療従事者の質向上を図る上で重要である」ことを認める一方、

その事業体にとって大きな財政的負担となると述べている。

 

結果、現在の利益率はマイナス4.2%となる。

 

暗に財政負担がやがて破綻すれば、

病院医療レベルの質は低下し、

患者の健康維持や医療従事者の質は

低下することを示唆しているように思える。

 

そして、それは差し迫った未来の問題ではなく、

一部、現実化しつつある。

 

日本の経済産業界の発展が必要であることは理解できたとして、

それが国民の医療や介護とバーターしても良いのだろうか。

 

もう少しミクロな話をしよう。

 

例えば、富士経済によると、

プロミシングな製薬業界にとっても、

有望な市場はCOPD関連と骨に関するモノらしい。

 

骨粗鬆症治療薬市場に関して言えば、

高齢者社会の到来により、

2013年には2179億円だった市場規模が、

2022年には3204億円程度になるという。

 

これからの高齢者社会において重要であり、

国際間経済競争においては、

当業界も頑張らねばならないと扇動する。

 

学会もそれを後押しするかのように、

片側、大腿骨頸部骨折を起こした患者には

健側の骨折を起こすリスクが高く、

肺血栓症を始め、もろもろの合併症含めれば、

その生存予後は悪いので、

ビスフォスフォネート製剤、D3、あるいはPTH製剤の投与が

重要であるというエビデンスを蓄積・引用して、

標準ガイドラインを作る。

 

結果、3000億円に達する医薬品市場が創られる。

 

ただ、在宅医療に従事し、

その生活現場を観ている医師からすれば、

頚部骨折を起こした患者が、再び転倒し、

健側にも再骨折を起こすのは、

その生活環境に問題があることが大きな要因のような気もする。

 

再骨折予防のアルゴリズムは、

まず生活環境の改善が一番のような気がするが、

果たしてどうだろうか。

 

骨を強くする事の重要性を否定するつもりはないが、

わが国の医療経済資源が限られたモノであるとすれば、

何を優先すべきかは賢く重要な選択である。

 

観てないか、観ていても観ないふりをしているか。

解っていても、解っていないふりをしているか。

 

ひょっとすると、この国の医療の行き方は、

国民目線のゴールから離れ、

互いにもたれ合う業界、政界、官界、

学会の一部のヒト達の思惑、シナリオのまま、

リードされているのではないかという危惧すら感じる。

 

繰り返すが、産業界が高い利益率を維持する一方、

医療現場は赤字である。

 

そして、国は成長産業を支援し、

現場を圧縮しようとしているが、

この配分は国民が望んでいるところなのか、

果たして、そういう議論が公にされ、今まで行われてきたのか。

 

高齢化が進む21世紀の社会にとって

必要不可欠なのは創薬や医療機械の発展だけのようには思えない。

 

この国のこの大切な問題を国民への十分な説明責任のないまま、

なし崩し的に未来将来に向けて進むことのないよう、

適切な医療費の再配分に関する現場の医療介護従事者、

健全なメディアの方々の意見興発を期待する。

 

繰り返す、医療を経済に合わすのではなく、

経済を医療にあわすべきである。

 

 

 

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