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麻酔科医の目から見た、カンボジアの外科治療における地域格差

2018/10/23

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

染川友理江

2018年10月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

麻酔科医外科治療

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は医師5年目の麻酔科医で、

今年から麻酔科勤務を続けながら、

公衆衛生大学院の修士課程で公衆衛生についても学んでいます。


2年程前から、

アジアの途上国で麻酔科医として

医療ボランティアなどを経験し、

カンボジアは今回で3度目の渡航となります。

 

私が、一番興味関心があるのは、

世界の基本的な医療が受けられない人を減らす為の仕事、

いわゆる国際保健と呼ばれる分野です。


なぜ国際保健に興味を持つようになったのかとよく尋ねられます。

おそらく、小学生の頃に初めて知ったユニセフの存在や、

途上国の現状について

書かれた本を読んだことに影響を受けたのだろうと考えています。

 

しかし、初めて途上国で医者をしてみたい、と思ったのは、

自分でも不思議なのですが、

中学生の時、自宅の庭で剣道の素振りをしている時でした(当時剣道部でした)。

 

私は理論的に物事を考えるのがどちらかというと苦手で、

直感的に物事を決めることが多くあります。

 

例を挙げると、高校3年の最後の模試で

大学自体に入れるか入れないかの成績だった為、

周りの人には全員反対されましたが、

医学部を目指して浪人する事を直感的に決めた、というような具合です。

 

ただ、途上国で医者をしてみたいというこの直感については、

さすがにずっと自分でも自信を持てませんでした。

 

途上国に行った事すらなく、

途上国というのは自分にとって

全く縁もゆかりもない場所だったからです。

 

それに途上国については、感染症が蔓延し、

身の安全が保障されないという間違った思い込みをずっと持っていました。


転機が訪れたのは2年前でした。

医療が提供できるようになったら一度途上国に行きたい、と思っていた私は、

二年前にJAPAN HEARTのミャンマーでの短期医療ボランテイアに

麻酔科医として参加しました。

 

その体験を通して得たのは、

中学生の時の思いつきは単なる思いつきではなく、

国際保健は多分生涯かけて自分が行いたい仕事である、という確信でした。


このような背景のもと、

2年前から、少しずつ海外での仕事に携わらせて頂いております。

 

今回私は、調査研究の為に、

カンボジアのクラチェ州という場所に滞在しています。

 

クラチェ州は首都プノンペンから北東へ

車で5〜6時間程行った所に位置する州です。

州内をメコン川が縦断し、

近代化が進むプノンペンに比べるとのどかな景色が広がります。

 

国政調査(CDHS2014)のデータを見ると、

クラチェ州の貧困家庭の割合は35%以上で、

全国で最も貧困家庭が多い州のワースト3に入ります。

 

また同調査によると、

5歳未満死亡率は、都市部では18であるのに対して、

地方では52であり(対1000人)、

医療の地方格差が広がっているのが窺えます。

ちなみにクラチェ州の5歳未満死亡率は全ての州の中で一番高いです。


私は今回、クラッチェ州の市街から離れて、

農村部に行く機会に恵まれました。

 

市街を離れるにつれ、

道は塗装された道路から土がむき出しの道へ変わります。

 

橋は板で作られた粗末なものに変わり、

4WDで渡れるのだろうか、と心配になるような橋もありました。

 

このような農村部に住む人々は、

道の悪さと貧困の為、

カンボジアの有名な観光地である

シュムリアップやプノンペンに行くチャンスは

全くと言っていいほどないそうです。

 

村の唯一の公共医療機関であるHealth centerに来るのすら、

一時間以上かかるという人もいるそうです。

 

日本の子供が大好きなピザやハンバーガーの味も、

農村部の子供たちは知る事ができません。

 

今回の調査研究は、

昨年紹介でクラチェ州最大の公立病院である

クラチェ州病院を訪れたのをきっかけに、

クラチェ州病院で約2年前より

小児外科分野の医療改善を目指して

クラチェ州病院に駐在している日本のNGO、

国際開発救援財団(FIDR)に協力して頂くことにより実現しました。


途上国では、安全な外科手術の普及は急務となっています。

世界で行われているすべての手術のうち、

約60%の手術は、経済的に豊かな15%の人が住む地域で行なわれています。

 

また、現在世界で約20億の人々が、

最も基本的な手術にもアクセスできていないとされています。

必要最低限の手術を行うことで、

防ぎ得る死のうち6~7%を防ぎうる、と見積もられています。

 

World Bankなどが出した

priorityであるDisease control priority3 (DCP3)において、

first level hospitalと呼ばれる、

50~200床のベットを持ち、

基本的な手術を行なう設備を持っている地方の病院、

つまりクラチェ州病院のような病院で

基本的な手術を行えるようにする事が、

外科手術を普及する上で最優先課題であると述べられています。

 

なぜなら手術治療は

地方で特に需要が満たされていないからです。


クラチェ州病院では、年間約2000件の手術が行われています。

 

日本では定時手術が多いのに比べ、

カンボジアでは行なわれている手術のほとんどは緊急手術です。

 

定時手術に比べ緊急手術の割合が高くなると、

医療者、特に外科医にかかる負担は高くなります。

医療者は、いつどんな緊急手術が開始されるかわからない状況で、

常に緊張状態にさらされます。

 

年間約2000件の手術の中で、

小児外科手術の割合は約1割強です。

 

途上国で特に子供の手術の需要が高いのを考えると、

1割強という数字は、少ないです。

 

実際に私は、

火傷の跡を長期に放っておかれたせいでその部分が瘢痕化し、

手に重篤な機能障害を引き起こしている小児患者と出会いました。

日本では機能障害が引き起こされる前に手術が行われる為、

決して見ない状況です。

 

今回の調査研究の目的は、

クラチェ州病院への、小児外科患者のアクセスを改善することです。


どのようにしたら、これは達成する事ができるでしょうか。

問題は山積みです。

 

機材も、システムも他にも色々な事が

日本と比べると不十分ですが、

特に足りていないのは外科医だと感じます。

 

これはどこの国でも言われており、

特に途上国では、医者は首都に集中する為、

地方は深刻な医者不足に悩まされます。


クラチェ州病院においても

外科医は産科医を含め5人しかいませんでした。

 

これだけの人数で

年間2000件以上の手術をこなさなければならないのは、

かなりの負担であると言えます。

 

実際に忙しいか外科医に聞いた所

「手術以外の仕事、例えば病棟の管理や患者の対応の仕事、

書類作成の仕事も多く、かなり忙しい」(現地外科医)そうです。


外科医を増やすのは至難の技です。

お金と時間がかかります。

 

重要な解決策として、

本来外科医が行う仕事を、

なるべく医者以外の医療者が行うtask shiftingが一つあげられます。

 

これは世界的に重要だと言われている概念で、

一部の国では簡単な手術までも非医師医療従事者が行っており、

成果を上げています。


そして何よりも重要なのは、現地の人々です。

今回の渡航で特に強く感じたのは、

私達外国人は所詮小さな手助けしかできず、

主役は現地の人である、という事です。

 

カンボジアの人達は、とても人がいいです。

皆優しくて、私が困っていると必ず助けてくれます。

そして、カンボジアの事、自分の故郷の事を良くしようと思い、

一生懸命働いている人達がいます。


そのような人達と話すにつれ、

自分の中で一つの疑問が生まれました。

 

それは、私は日本や自分の故郷の事を考えているだろうか、という事です。

答えはNOです。

 

これまで日本や故郷の事について

特別に意識して考えていませんでした。

 

しかし他の国の医療を見るにつけ、

私たちが自国でいかに、良い環境にいて

守られているのかがわかります。

 

そしてそれは誰かによって作られたものであり、

維持されているものなのです。

 

純粋に日本で育ち、

その恩恵を受けたものとして、

それを恩返しするのは当然であるという考えを今回、

初めて持ちました。

 

そして私の場合は、

それは国際保健の仕事を通して得た経験や知識を、

日本の医療に還元する、という事であると思います。

 

同時に、自分の一番好きな仕事を通して、

人間的に成長し、

世界の事をできる限り深く理解する事ができればとも考えています。

 

最後に、今回の渡航と調査研究は

FIDRに私を紹介してくださった埼玉県立小児医療センターの蔵谷先生、

いつも私に深い理解を示してくださる

勤務先の都立多摩総合医療センターの責任部長の山本先生はじめ先生方、

また今回同時期に渡航してくださった近畿大学奈良病院の石井先生、

そして何より多大なご協力を頂いた

FIDRのプロジェクトマネージャーの佐伯さん、

加えてカンボジアの現地スタッフの方々、

皆様のおかげで実現する事が出来ました。

 

自分が学びの機会が多いこのような恵まれた環境にいる事と、

ご協力いただいている全ての方々に深く感謝申し上げます。

 

 

 

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