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横須賀の中2ピロリ菌検診に対する誤解に基づく批判に対して

2018/11/24

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

マールクリニック横須賀 院長
水野靖大

 

2018年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

ピロリ菌検査・除菌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀市では2019年度から、

胃がん発症の主たる原因とされる

ヘリコバクター・ピロリ菌の検査及び除菌を

中学2年生に対して検診として公費で行う予定だ。

 

これまで中高年を対象に行われてきた検診を青少年にも広げるという、

前例が少ない新たな取り組みだ。

 

このことに関する報道が10月9日に行われてから、

メディアで様々な議論が展開されている。

 

多様な意見が出てくるのは、

検診導入に当たって様々な角度から検討するためには良いことだと考える。

 

しかし、否定的な論調の一部は誤解に基づいており、

これでは市民に誤解を与え、混乱を起こしかねない。

 

そこで、今回の条例に関わった者として、

補足説明をさせていただきたい。

 

主たる誤解は、
・ピロリ菌の除菌に、日常の医療では到底使わないような抗生剤が使用される
・ピロリ菌チェックを行うと強制的に除菌されてしまう
である。

 

この検診は検査と治療の2段階に分かれており、

まずは全く侵襲のない尿による検査を行う。

 

これで陽性だった場合、

若年者では蛋白尿などの影響により

偽陽性になる可能性が指摘されているので、

不必要な除菌を防ぐために、再検査を行う。

 

再検査は、特異度が98.4%と

高い尿素呼気検査(これも苦痛はない)を行う。

ここまでが検査の段階だ。

 

本当にピロリ菌の感染がわかった場合は次の段階に進み、

医師による十分な説明の後に希望者のみ除菌治療を受ける。

 

私は2012年から横須賀で開業しているが、

外科医だったこともあり

胃がんの重大な原因であるピロリ菌の除菌に力を注いでいる。

 

ピロリ菌は、日本の胃がんの主たる原因

(広島大学で3161例の胃がんを調べたところ、3140例がピロリ菌陽性であった)であり、

ピロリ菌感染を放置すると胃がんになる可能性が高く

(呉共済病院で、ピロリ菌陽性者1246人を観察したところ

10年間で36人が胃がんを発症した。)、

除菌を行うことで胃がんを発症するリスクが低減する

(早期胃がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(以下、ESD)後の再発率は

除菌により約1/3に低下した)ということは周知の事実だ。


横須賀市では40歳以上の市民を対象に、

2012年度から採血によりピロリ菌感染と

ピロリ菌により生じている胃炎のチェックを行い、

ピロリ菌の現・既感染者に

上部消化管内視鏡検査(以下、胃カメラ検査)を行う検診を導入した。

 

結果は非常に良好なものであるが、

本筋から逸れるので詳しい成績はここでは割愛する。

 

その検診の結果、以下の事実が再確認された。


・胃炎は、年齢が高いほど進行している割合が高いこと。
・ピロリ菌による胃炎が進行するほど、胃がん発症の確率が高いこと。
・40歳の時点で検診を行うと、既に胃がんを発症している方がいること。

 

そこで、より若年でピロリ菌の検査を行い除菌すれば、

胃がん発症者をさらに少なくできるのではないだろうかと考えた。

 

そんな折、横須賀市の市議会議員からの提案で、

がん克服条例を作る動きがあった。

 

その立案に参加する機会を頂いたので、

胃がんの少ない街を目指すために、

この条例に基づいた具体策の一つとして、

若年者を対象としたピロリ菌検診を提案し、

条例に盛り込まれることが決まった。


私自身、臨床の日々の中で、

除菌を行なった母親から非常によく訊かれるのが

「我が子にピロリ菌は感染していないだろうか?

 いつチェックすればいいのだろうか?」という、

自分のことよりも我が子を心配する言葉だ。

 

ピロリ菌陽性の母親32人の子供が、

5年間のうちに3人ピロリ菌に感染したデータもあり、

心配するのは当然であろう。


検診の対象を中学2年生とした対象年齢設定の根拠は、

1970年以降14歳までは胃がんの報告がないこと、

義務教育の間なら網羅性を担保しやすいこと、

体格的にほぼ全員が成人量の内服が可能であること、

受験期である中学3年生は避けようということであった。

 

この検診で、もしピロリ菌が陽性だと分かった場合、

希望によって除菌を選択することもできる。

 

除菌のためには、

2種類の抗生剤(アモキシシリンとクラリスロマイシン)と

制酸剤の組み合わせで、1週間の投薬が行われる。

 

投薬する以上は有効性だけでなく、

その安全性にも十分注意する必要がある。

 

中学2年生のピロリ菌検査・除菌は、

実はこれまでにも真庭市をはじめ、

高槻市、函館市、鶴岡市など多くの自治体で行われており、

安全性などに問題があるという報告は特段されていないことも、

今回の対象が選択された大きな理由である。

 

今回の否定的な議論の中で

最もよく取り上げられるのが抗生剤の過量投与である。

 

しかし、ピロリ菌除菌に使用される抗生剤の量は、

アモキシシリン1日1500 mgを7日間、

クラリスロマイシン1日400mgを7日間である。

 

薬の添付文書には、

国が法律事項として承認した医薬品の使用方法が記載してある。

 

アモキシシリンは

「1日20〜40mg/kg、年齢、症状により適宜増減するが90mg/kgを超えないこと」、

クラリスロマイシンは「1日10〜15mg/kg」とある。


安全性を考慮して、

今回の検診では除菌を受けられる最低体重を35kgに設定している。

 

中学生の体重は平均48kg程度、

ばらつきが10kgあったとしても、

今回除菌に使う抗生剤は、

通常小児科や耳鼻科で

しばしば上気道感染症などに使用される量の範囲内である。

 

もちろん、抗生剤を小児に使用すること自体が

良いか悪いかの議論はあるであろう。

 

本来抗生剤は細菌感染の際に使用するものであり、

ウィルスにいくら使っても効果がない。


しかし実際には、

小児科領域では細菌性と確証のない

鼻咽頭炎症状の患者の48%(開業医に限っては64%)に

抗生剤を使うというデータがある。

 

この不適切な過剰使用による耐性菌の増加や

腸内細菌叢の変化が問題とされ、

抗生剤の適正使用が推奨されている。

 

しかし、それはまた別の話であって、

耳鼻科や小児科では医師の裁量で抗生剤を使用するが

ピロリ除菌には使わないというのはアンバランスではないだろうか。

 

逆に、細菌感染であるピロリ菌除菌のような場合にこそ

適切な量の抗生剤を使用すべきである。

 

中学2年生のピロリ菌陽性者全員に、

強制的に除菌を行うような印象を持っている方もいらっしゃるようだが、

これも誤解である。

 

なぜなら、今回の検診ではピロリ菌の除菌は、

段階を踏まえ個別に相談した上で、

実際に実施するかどうかが決められるからだ。

 

ピロリ菌検査自体は、

受検者本人やその家族の胃がん発症のリスクを認識するために必要であり、

かつ全く侵襲もないので尿検査は全員に受けてもらいたいと考えている。

 

一方、除菌に関しては除菌医療機関

(事前に十分な知識と経験のある医療機関を選定)で説明をしっかり受け、

除菌によるメリット、デメリット、

わかっていること、わかっていないことを認識した上で、

ご本人とご家族で受けるか受けないかを選択していただくことにしている。


除菌の費用は1回あたりおおよそ16000円がかかる。

そこまで公費で行わなくてもよいではないかとの意見もあるだろう。

 

しかし、横須賀市では、

ピロリ菌陽性者で除菌を希望する全ての中学生に、

金銭的問題を考えることなく

除菌を受ける権利を担保するため公費負担にする予定である。

 

子育て世代に入る前に除菌を行っておくことは、

次世代への感染の伝播の予防にもつながるので、

費用を市が負担する理由は十分にあると考える。


さらに、今回の検診を市の予算の中で行うことは、

市議会が市民の健康を第一に考えたうえで、

きちんとした手順で議決を経て決定したことである。

 

他に議論が上がるのは、

エビデンスの水準が高くはない検診を行なっていいのかという点と

ランダム化比較試験(以下、RCT)は必要ないかという点である。

 

しかし、高い水準のエビデンスは、

現在行われている医療を批判する場合、

あるいは営利目的の医療を検証する場合にこそ必要なものである。

 

今回は、現状より良くなる可能性が高い蓋然性を持って

医学的に説明可能であり、

そのことに関してわかっていないことや

デメリットを含めて対象者に

丁寧に説明して納得いただいた上で行う計画だ。

 

このような医療行為を実施する場合、

RCTやメタアナリシスなどの高いエビデンス・レベルを

必ず提示する必要まではないというのが

科学的に正しいスタンスである。


あえて言うなら、

この検診に異論を挟む方は、

どの程度の水準のエビデンスが現実的にあれば、

今回の検診が可能と考えているのか具体的に教えて欲しい。

 

RCTに関しても、

これまでの他地域のデータ、

横須賀市が行ってきた40歳以上対象の胃がんリスク検診や

人数を限って行なった中2ピロリ検診のデータから、

中2ピロリ検診は、リスクが無視できる範囲で、

得られるメリットは大きいことが推察される。

 

そうである以上、公費を使用した検診としては、

検診を行わない群を意図的に設けることは現実的に困難である。

 

また、文章の前半にも記載した

“早期胃がんに対するESD後の再発率は除菌により約1/3に低下した”という

結果を得たRCTにしても、

早期胃がんのESD後という

比較的短期間での再発率が高い状態で行われたので結果が出た。

 

しかし、胃がんの罹患率が高くなるのは40歳代後半であり、

検診を受けた中学2年生がその年齢に達するのは30年以上も後である。

そのような臨床試験を実施するのは現実的ではない。

 

もちろん、除菌に伴う副作用に関するモニタリングは

きちんとシステム化して保健所にデータを集積し、

安全上の問題が判明した場合は速やかに対応を行う手段は確保していく。

 

また今回の検診自体の評価も、

毎年度ごとに結果を集積し

学術的にもきちんと行なっていく予定である。

 

最後に、注意点として私が挙げておかなければいけないことは、

この検診は大人での除菌の前に通常行われる

胃カメラ検査を施行しないことである。

 

理由は、今回の検診が、

より多くの若年者にピロリ菌検査を行い、

胃内に不可逆な変化が起こる前に

除菌を行うことを目的とするからだ。

 

胃カメラ検査を必須にすれば

受検率が大幅に下がることは容易に予想される。


胃カメラ検査を省いても、

除菌時点で既に胃がんが発症している可能性は

ほとんどないから大きな問題はない。

 

しかし、胃カメラ検査を省くということは、

対象者が実はピロリ菌未感染である(すなわち、偽陽性)と気づく

セーフティーネットがなくなるということは認識しなければならない。

 

尿中ピロリ抗体試験、尿素呼気試験と

ダブルチェックをかけるので

陽性的中率は96.5%と十分良好な成績であるが、

偽陽性の存在はゼロにならない。

 

しかし、前述の通り、

除菌に使用する抗生剤は通常量の抗生剤である。

 

除菌による害は許容範囲内であると考える。

もちろん、この点に関しても

除菌前にご本人やそのご家族にきちんと説明する。

 

その説明を受けて、

除菌はもう少し後で胃カメラを行なってから行うというのも

一つの結論だろう。

 

以上が、今回我々が考えている

横須賀市の中学2年生を対象にした

ピロリ菌検査・除菌計画への批判に対する反論である。

 

 

 

 

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