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柳原病院事件:女性患者をより不幸にする控訴に反対する

2019/03/14

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

いつき会ハートクリニック
佐藤一樹

2019年2月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

柳原病院乳腺外科医手術せん妄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめに 
~「柳原病院事件乳腺外科医の控訴に
  反対する声明」の経緯 ~

東京都足立区の柳原病院で2016年、

乳腺手術を担当した乳腺外科専門医が、

執刀後に女性患者(Aさん)の乳首を舐め、吸って、

自慰行為をしたなどとして

準強制わいせつの罪で起訴された事件で、

本年2月20日東京地裁刑事第3部の大川隆男裁判長は無罪を言い渡した。

 

大手メディアやジャーナリストの江川紹子氏が

大きく取り扱い広く報道したことなどから、

本稿の読者であれば事件の概要は周知していることであろう。

https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20190220-00115538/


私は事件当初から乳腺外科医と拘置所で接見し、

刑事弁護専門弁護士斡旋、

保釈請願運動をするなどして協力してきたこともあり、

無罪判決も法廷で傍聴した。

 

その1時間後に、

東京保険医協会鶴田幸男会長とともに

「柳原病院事件乳腺外科医の控訴に反対する声明」を

裁判所内の司法記者クラブで発表した。

https://www.hokeni.org/docs/2019022000033/file_contents/190220.pdf

 

この声明および本稿において、

特に強調して検察やAさんの代理人弁護士に伝えたいことは、

「控訴はAさんをより不幸にする」ということである。

 

その前提として、私の視点から判決を振り返る。

 

1.「事件性」こそが争点:一般のわいせつ事件として否定的

判決の冒頭で、

本件の主要事実レベルの争点は

「事件性」であると明示された。

 

この事件性とは、

そもそもわいせつ行為はなかったにもかかわらず,

Aさんがわいせつ行為を乳腺外科医からされたと

主張しているのではないかと疑われている場合の争点である。

 

また、この事件性における実質的争点は2点で、

(1)Aさんの証言の信用性

(2)アミラーゼ鑑定及びDNA鑑定の科学的証拠としての許容性、

信用性および証明力である。


傍聴した判決は全編にわたって

非常に丁寧な事実認定と判断がされており、

Aさんの証言の信用性についても二段階で構成されている。

 

第一の段階は、

麻酔覚醒時のせん妄の影響は外在的補助事実であるとして、

一般の痴漢やわいせつ事件と同様に取り扱う段階。

 

第二段階はせん妄の影響の有無を踏まえた段階である。

 

第一段階ではAさんの被害状況はかなり異常な状況であり、

それ自体が信用性に疑問を生じる方向に作用するという判断である。

 

Aさんの証言の信用性を肯定する事情として、

状況が核心部分で具体的で迫真性に富んでおり

一貫性があり矛盾していない点を指摘している

(のちに述べる せん妄の特徴と一致する)。

 

一方で、母親や複数の看護師、

他医師の証言とカルテの記載を時系列に従い詳細に検討すれば、

病院関係者が口裏合わせをしていて

信用できないと主張する検察側は憶測にすぎないとして退けた。

 

現場に従事する医療者には、

常時扉の開いている満床の狭い4人部屋のあわただしい真昼間に、

隣ベッドとはカーテン一枚で隔てられただけで、

カーテンの直ぐ外に母親がいる状況で、

乳腺を日常的に診療する専門医が、

5年間も診療して2回目の手術直後の患者に突如欲情して、

消毒液や血液が付着している可能性のある患者の胸を

いきなり露出させ舐めて吸うことなどあり得ないことは直感的に分かる。

非医療者であっても「かなり異常な状況である」と感ずるだろう。


裁判長は、その状況の中で自慰行為をして射精に至れば

一切の言い訳が通用しなくなるのだから、

Aさんの証言は極めて不自然である旨を述べたが、

法廷内ではうなずく傍聴者が多かった。

 

2.「麻」と「酔」の匙加減のよる術後せん妄の「判例」「症例」

第二段階目の麻酔覚醒時のせん妄による性的幻覚の可能性は、

外在的補助事実とはいっても判決の肝でありダメ押しともいえる。

 

裁判所が尊重した弁護側の各専門家の薬学的知見

および精神医学的知見を踏まえ、

(1)乳房手術

(2)脱抑制作用のある鎮静剤(プロポフォール)が通常より多量

(3)せん妄を誘発する疼痛に対する鎮痛麻薬(ペンタゾシン、ロピオンなど)が少量、

の三つが術後せん妄の危険因子として認定されている。

 

本件においては、

三つの因子が相まってせん妄状態により陥りやすい状態にあり、

それに伴う性的幻覚を体験していた可能性があると判示された。


なお、初公判の弁護側の冒頭陳述では、

Aさんが露出度の高いビキニ姿で

性的刺激が極めて強い容態を収録したDVDの発売発表会において、

自らが自慰行為の対象になっていることを想像しながら

収録に臨んだ旨を発言したことを報じた

ウエッブサイトのページを証拠申請したところ、

裁判所は受け入れなかった。

 

Aさんが自らのブログで、

絆創膏が貼付された患側乳房を露出した写真や

摘出した腫瘍の写真を公開していることも同様の扱いとなった。


Aさんにとって気の毒だったのは、

麻酔でも「麻」の鎮痛の要素が弱く、

「酔」の鎮静の要素が強い状況におかれていたことである。

 

カルテには繰り返し「痛い、痛い」と記載があり、

ナースコールを頻回に押して訴えている。

 

上記のとおり痛みはせん妄の誘発因子であるから、

逆に「麻」が十分で、「酔」が通常量であれば、

今回のような悲劇がおこらなかった可能性もある。


本邦医療現場では、

麻酔の術中術後の鎮静、

鎮痛管理は各施設の事情や各人の好み、

つまり「匙加減」に任されている部分が少なからずある。

本件における術後管理においてもそのような傾向があった可能性はある。


法廷に立った精神医学の専門医によれば、

米国には術後せん妄に関する意識レベルが高く、

予防の為のガイドラインもあるが、本邦では症例報告すら少ない。

 

一方で、筆者を含めた多くの外科医、麻酔科医、手術室や

ICUで勤務するパラメディカルで、

「本症例」と同様の症例を経験し、

面白おかしく雑談レベルで語る話は枚挙にいとまない。


そうであれば、法曹界としては

本件を控訴せずに一審で「判例」を確定させ、

同時に、医学界では術後せん妄予防に

正面から向き合う姿勢を構築する契機となる「症例」として、

予防対策議論を推進しなくてはならない。

 

3.科捜研のアミラーゼ鑑定およびDNA鑑定は
 「事件性」を証明していない上、事件性の証明を目的としていない

ところで、一般にわいせつや痴漢事件で

「事件性」とは別に争点になるのは「犯人性」である。

 

つまり、事件はあったものの、

被告人自分自身ではなく

他人の行為を自分の行為であると勘違いされた場合である。


本件においては、事件性が証明されれば、

犯人は執刀医の乳腺外科医以外にはあり得ないから、

その証明は必要でない。

 

実際に科捜研が行っているDNA鑑定は

個人識別では極めて高い精度を持ち、

犯人性を証明するには有効であることは科学的に承認されている。

 

しかし、本件で事件性を証明する能力はない。

元来、事件性を証明することを目的としていないのである。


ところが、検察官は、

DNA鑑定にアミラーゼ鑑定を組み合わせて、

DNAが由来する体液を口腔由来のアミラーゼ内のものと特定し、

さらに犯行態様を立証しようと無理をした。

 

前述のように、DNA鑑定は個人識別する定性検査であり、

定量検査を目的としていない。

 

同様にアミラーゼに混合された細胞が

どの臓器由来かの証明もできない上、

アミラーゼ鑑定自体もDNAと同様で定量検査を目的としていない。


これに対し検察官は

(1)アミラーゼ活性が高い

(2)被告人1人分のDNAが検出され被害者のDNAは検出されなかった、

 

だからDNAの量が多いと断定し、

被告人がAさんの乳首を舐めるのに相当の乳腺外科医の唾液量があった、

という破れかぶれの主張を行った。

 

もちろん、そのようが誤謬は認められるはずがない。

(1)(2)ともに、DNA鑑定の専門医によって法廷で否定され、

判決も定量検査の証拠価値自体をほぼ全面的に否定した。


しかも、判決では丁寧にも、

仮に(1)(2)からDNA量が多いと言えた場合でも、

舐めて吸ったという仮説と

同等に口腔内から飛沫した唾液が付着したという仮説は排斥できないとし、

科捜研の証拠の「事件性」の証明力の欠如を判示したのである。

 

4.科捜研の鑑定は科学でない
 :抽出液残余を破棄した検査者の誠実性への疑念と
  職業意識のレベルが低さ

実験物理学者で世界初の人工雪製作に成功し、

科学を一般の人にも伝えることに尽力された

中谷宇吉郎博士は著書「科学の方法」(岩波新書 1958 )の中で

以下のように書いている。


「まず、第一に、一番大事な点をあげれば、

科学は再現の可能な問題、

英語でリプロデューシブルといわれている問題が、

その対象となっている。

もう一度くり返して、やってみることができるという、

そういう問題についてのみ、科学は成り立つものなのである。

なぜ再現可能の問題だけしか、

科学は取り扱い得ないかといえば、科学というものは、

あることをいう場合に、それがほんとうか、

ほんとうでないかということをいう学問である。

それが美しいとか、善いとか悪いとかいうことは、

決していわないし、またいうこともできないものである。

それでは科学で、ほんとうであるというのは、

どういうことかということを、まず考えてみる必要がある。

ごく簡単な場合についていえば、

いろいろな人が同じことを調べてみて、

それがいつでも同じ結果になる場合には、

それをほんとうというのである。」

 

科学で「ほんとうである」とは、

つまり、科学の正当性とは「再現性」があることだ。

 

刑事事件においても科学的証拠として、

結果の再現性の保証があるかといった観点から,

その手法,結果の信頼性を吟味することが必要不可欠であろう。

 

DNA鑑定を一人で行った科捜研所属の警官が、警察庁の

「DNA型鑑定の運用に関する指針」に反し、

鑑定後に生じた試料の残余を初公判後に廃棄した。

 

これが、過失であったか故意であったかは論ずる必要もなく、

その時点で科捜研は組織としての科学の正当性、

つまり再現性を自ら放棄したということになる。

 

判決ではこのことに加え、

本来ボールペンなどで書くべきワークシートに

消しゴムで何回も消した跡がある鉛筆書きの書き込みに関しても、

基礎資料の作成方法としてふさわしくなく、

職業意識のレベルが低いと断じ、その誠実性に疑念を呈した。


これだけの強い文言で

科捜研のサイエンスリテラシーの欠如を指摘されたのであるから、

警察は自称「科学捜査」に対する抜本的な改革が必要とされるであろう。

 

5. 控訴は医師だけでなく患者をさらに不幸にする人権問題である

本件訴訟の異様な点のひとつに、

初公判から第二回公判まで1年10カ月も経過したことがある。

 

この最大の理由は、

検察が長らく証拠開示をしなかったことだ。

 

結局、最後まで隠していた証拠には、

DNA鑑定の抽出プロセスの記録もなく、

再現可能性を保証する試料も破棄されたとあって、

本来であれば、公判を維持できない状況だったはずである。

 

乳腺外科医としては、

無駄に、被告人としての年月を引き延ばされた感があるであろう。


2016年5月10日の手術から

一審無罪まで実に1016日。

 

本判決に対する控訴は、

無実の罪で逮捕から105日間勾留され起訴された医師を

より不幸にするだけではない。

 

Aさんこそ不幸にする。

そもそも、真実はせん妄状態であったことを

警察や検察が理解させようとしなかったどころか、

その可能性についても科学的に検討しようとすらしなかった。

 

このため、現在も性被害体験が現実のものであると誤認し続けて、

その傾向がさらに強まっているAさんの不幸をも遷延させることになる。

両者の人権を擁護すべき観点からも控訴すべきではない。

 

6.検察とプロフェッションとしてのAさん代理人弁護士に求める

一審無罪判決で終わった福島県立大野病院事件において、

検察が控訴しなかったことは、

極めて冷静で医学の常識に沿った判断だった。

 

この事件に鑑み、本件においても、

警察の科学の前提を逸脱した捜査への反省、

臨床現場における術後せん妄の実態、

Aさんの母親、看護師ら、他医師の証言や

カルテの記載とAさんの証言との齟齬等を客観的に勘案すれば、

控訴は不適切であることが導かれるだろう。

 

前述のとおり、検察が術後せん妄を認めれば、

Aさんの苦悩を多少なりとも緩和できる。

 

現段階で検察は、検討中とのことであるが、

控訴しないことが賢明でありAさんのためになる。

 

一方で、極めて問題があるのは、

本来のプロフェッションたる弁護士の精神を失っている

Aさんの代理人上谷さくら弁護士(以下代理人)である。


欧米において、

伝統的に聖職者、医師、弁護士の3つの職業だけが

プロフェッションとされてきた。

 

語源のPROFESSは神の前で告白することを意味する。

現代日本人でプロフェッションといえば、

「営利ではなく,人の悩みという公益に奉仕し,

それを天地神明に誓って尽力する専門職」といえるであろう。

 

ただ単にクライアントのいいなりになるのは

真のプロフェッションではない。


私は傍聴席の弁護側最前列から

検察側の後ろにいた代理人の様子が

十分うかがえる位置から注視することができた。

 

ところが、主文の無罪が告げられた後は、

少なくとも真摯な姿勢で判決を聞いているようには見えなかった。

真実が何だったのかを判決から読み取ろうとする態度ではなかった。


代理人は、判決後の記者会見で

「判決は雑な事実認定で驚いている。」と語り、

検察に控訴を申入れると報道されている。

 

しかし、刑事裁判の判決文は判決当日には出来上がっていない。

ということは、判決文を冷静に読んで

分析的に判断していないはずだ。

 

無罪を聞いて感情的になっているAさんの願いだけで、

控訴申入れを即決したと推測される。

 

それではプロフェッションといえない。

 

Aさんを救うために奉仕しているとは言えない。

改めてできあがった判決文の全文を熟読すべきであろう。

Aさんにとっても極めて丁寧な

事実認定がなされていることが理解されるはずだ。


本来であれば、

医療機関側がせん妄に被害妄想のケアをするべきであろう。

 

しかし、当該医療機関とAさんの間の信頼関係は崩壊している。

日本を代表する弁護士で自由人権協会代表理事の喜田村洋一氏は、

「弁護士の役割は心のカウンセラーもあります。」と述べている。

 

おそらくAさんのカウンセラーとして

苦悩を冷静に和らげる立場にいるのは代理人である。

 

これだけ丁寧で論理的構成からなる判決が

控訴審で翻されるはずもない。

 

控訴すれば、Aさんの不幸は遷延しさらに増幅されるだけである。


医師には「ヒポクラテスの誓い」

看護師には「ナイチンゲール誓詞」があり、

それぞれがプロフェッションとして

専ら患者に寄り添い奉仕するための職業倫理を基に、

日々業務している。

 

代理人は、Aさんに寄り添い、

心の痛みを和らげるために控訴申入れを取り下げ、

真実は術後せん妄による性的幻覚であったことを理解させてこそ

真のプロフェッションといえるであろう。

 

 

 

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