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花粉症と“花粉病”[花粉症・“花粉病”の予防医学(と)乳幼児からの安全なマスク着用

2019/05/30

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

皮膚科学疫学研究所代表
医学博士 粟屋 昭

 

2019年5月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

花粉症の歴史

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○新たな名称“花粉病”の由来と対象となる多数の指定難病

毎年2月から5月にかけての

スギ→ヒノキ・ハンノキ・シラカンバ等木本の花粉、

夏・秋の草本の花粉、

そして10月のスギの先駆け花粉の飛散に対して、

アレルギー傾向(アレルギー体質)の方々が

アレルギー性鼻炎・結膜炎を発症し、

いつ頃からか花粉症と名づけられている。

 

花粉症の方々はどちらかと言えば、

「顔・首の皮膚状態がおとなしく、ツルツル、スベスベしており、

ほくろの殆どない人・ほくろ生成系の弱い人が大多数である」という

疫学的調査知見を2002年の日本免疫学会で私は報告し、

論文も同年受理された。

 

この知見に興味を持った、

共同通信記者が配信し、

翌2003年2月の森田さんのお天気予報を皮切りに、

3局でテレビ放映があり、

あるTV局自身で街行く人々や

政治家やタレント等にアンケート調査を行って、

当時のハクション議員連盟のTVに顔がよく出る議員、

そしてタモリさん、大和田獏さん、関根勤さんらが

私の知見に当てはまると報告していた。

 

ついで2003年には、

川崎病を2度罹患した小学生等やご両親の観察をもとに、

私は全国の川崎病患者数と

各都府県花粉飛散数の年次推移の疫学解析から、

両者に関連性を見出し、

「川崎病(KD)のtriggerは、花粉であろう」という知見を

現在の日本川崎病学会等で報告し、

以来16年間、毎年各学会で、

KDを代表に花粉惹起(誘導)疾患(pollen-induced diseases、PID)について発表し、

4報、論文報告してきた。

 

その後2018年6月には、

厚生労働省所管の難病情報センターのHPに掲載されている

330余の指定難病のうち、

高安病等主要な30数疾患の難病患者数のエクセル表で、

年次変動を目視するに及び、

小児・成人の難病も、

乳幼児の川崎病同様にPIDの可能性を私は確信したのである。

 

日本の希少疾患・特定疾患はPID、

即ち“花粉病”とも言うべき一群の難病集団であろう、

長らく被されていたおおいが外され秘められていた事実が、

白日にさらされた(発覚した)如き感じを持った瞬間であった。

 

本稿では、植物界の生命活動の花粉放出が動物界に引き起こす、

タイプの異なるアレルギー免疫疾患である花粉症、

および川崎病と多数の難病をくくった(一纏めとする)

“花粉病”の疫学とその変遷にフォーカスした話題を提供する。

 

そして患者数増加が続く難病も、

原因の花粉被曝を減らす生活習慣を実践し、

症状悪化や新たな発症の予防医学に

注力する時代としてゆきたいと考える(申し述べる)。

 

○1960年代初期のスギ花粉症と川崎病の発見および1979年~1986年の大規模花粉飛散の幕開けで大量発症した花粉症患者と川崎病患者

戦後のスギやヒノキ等の植林、

1960年代の大気汚染をともなう高度経済成長期・車社会の到来の始まり、

63年に斎藤洋三先生は日光地域でのスギ花粉症発見の最初の学会報告を行われ、

62年には川崎富作先生が非猩紅熱性落屑症候群

(67年に小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群

(Mucocutaneous lymph-node syndrome, MCLSに改名)

(後に川崎病と命名)の7例を初めて学会報告された。

 

65年から国立相模原病院では花粉飛散数の観測が開始された。

 

その後、78-79年に最初の大規模花粉飛散が起こり、

花粉との関連に気づかなかった、

全国の小児科では、79年春、川崎病の患者で充ち満ちた状態が、

南から北へあたかも桜前線を思わせる移動の如く見られたとの文献記述があり、

3年後の82年には、95年に至るまで過去最大の花粉大規模飛散が発生し、

ついで84-86年の大量花粉飛散と続いた。

 

この間、70年より開始された

川崎病研究班疫学調査で実施された2年おきの全国調査では、

79、82、85-6年の3回の大規模な患者数のピークが報告され、

82年には過去最大の15,519人の患児が発症入院したとの報告があった。

 

一方、大阪大学耳鼻咽喉科外来では

アレルギー性鼻炎診断患者比率の増加ピークが

やはり3回有ったとの93年のreviewを

私は2008年になって見たのである。


この70年代末から80年代半ばまでの3回の大量花粉被曝により、

花粉症予備群の方々は花粉抗原への感作・再感作が成立し、

1型アレルギー反応で花粉症を発症し、

大量の患者受診の3度のピークがあり

(喘息患者ではどうであったかが長年の懸案事項)、

一方、遅延的晩発的に発症を起こす川崎病にあっても、

3回の患者数ピークが連なっていたのであった。

 

川崎病患者数のこの3回の顕著な増加が

3回の大規模な花粉飛散という気象・自然現象と期を一にするものであったことや、

その後の95年、2000~02年の患者数増加と

花粉数の動態が連動していた現象について、

私は2003年受理の川崎病第1報で報告した。


以後、回帰分析、交差相関解析、

指数関数トレンド解析の結果および川崎病発症時のBCG接種跡腫脹現象を考慮して、

川崎病は、花粉被曝による4型アレルギーの遅延型過敏反応と考えられることや、

生後平均21.4か月で発症することや、

ANOVA-多重解析で、

インフル流行時期に川崎病発症が抑制される現象を、

計4報で私は報告してきた。

 

一方、古くから川崎病に関わる先生方による原因物質探索の研究は

この80年代にも盛んに行われたのであったが、

2002年刊行の「川崎病の疫学」書には、

どの原因説も言わば空振りであったような記載があるものの、

私の上記の03年以来の花粉原因報告にも関わらず、

川崎病は、何らかの微生物が関与する感染性疾患との概念が

世界標準的に今日いまだ、

学会や論文のイントロで流布されている。

 

○主要な難病は、1979~1986年の川崎病同様に、1984年度に同時多発的に患者数が一斉に急増し、以後花粉飛散数増加と連動して、多くの難病が増加トレンドにある。

川崎病を発症する乳幼児は男児が多く、

一方、指定難病で同じ血管炎症候群の高安病の患者は圧倒的に女子が多いのは、

乳幼児期には川崎病発症に到らず免れた女児が、

花粉被曝を受け続け長じて、

高安病を発症したと想定していた私は、

高安病患者数が記載された資料を探していたところ、

ようやく難病情報センターHPで、

高安病認定患者数の推移グラフの存在を知った。

 

高安病患者現在登録数の動態を

何気に示す棒線グラフの推移を見ていた2018年6月のある時、

私の目が留まりむむっと気づいたのが84年度の棒線のleap(jump)であった。

 

高安病等々難病も川崎病研究で経験したと同様に、

80年代前半に患者数増加ピークが見え、

花粉被曝がtriggerであろうとの確信をいだき、

私は上記HP掲載の現在登録数推移棒グラフとは違った、

前年比患者数増加数を2014年まで折れ線表示する

エクセルグラフの作成にとりかかった。

 

すると文献未知の84年度の顕著な患者数ピークを見出したのである。

ついで他の難病30数疾患についても

面倒なエクセル縦表の作成を経て折れ線グラフ化を進め、

80年代後半あるいは90年代から特定疾患として

認定が開始された疾患は別において、

他の疾患も高安病同様に軌を一にして、

主として84年度に同時多発的に難病を発症し

急増ピークが始まるグラフが描出された。

 

その後も、地球温暖化にともなってか、

88年、90-91年、93年そして過去最大の花粉飛散があった

95年、2005年と続く、花粉飛散数増加トレンドに応答し、

患者数の増加傾向の推移パターンが見られ、

グラフ化作業が一段落した後で実施した

花粉数と難病患者数の変動の20年ズラし相関解析で、

多くの難病発症患者増加数が花粉数と連動し有意な相関を示し、

データ公開のある2014年まで増加してきている。


これら疾患のうち、まずは、血管炎症候群に分類される高安病、

ベーチェット病、バ-ジャ-病、多発血管炎性肉芽腫症や

結節性多発動脈炎等血管炎症候群と、

血液疾患の再生不良性貧血と、全身性エリテマトーデス(SLE)、

悪性関節リウマチ、強皮症、サルコイドーシスや

天疱瘡の膠原病・皮膚疾患など

いわゆる自己免疫疾患を含む11疾患について、

ようやく2018年12月10日に海外誌

(Jacobs Journal of Allergy & Immunology 2018;5(1):026)に、

報告が掲載された。

 

残りの各治療領域の難病についても、

鋭意論文執筆中である。

 

各難病の専門医の先生方の花粉被曝を念頭においた

独自の視点での診断・治療法の開発を期待したい。

 

○おわりに

論ずべき問題点は多々残っており、

厚労省難病対策課への数々ある注文は今回書けなかったが、

公表されている2014年度までの特定疾患医療受給者証所持者数は925,646人であり、

この難病患者総数と花粉飛散数とは連動して年々、

有意な増加トレンドがグラフと解析で示されている。

 

毎年16,000人ほどの患児が新たに発症し、

累積40万人の罹患者がいる川崎病

および現在100万人の患者がいる指定難病のtriggerが

花粉被曝であろうという事実が世の常識と、

いまだなっていない日本においては、

それとも知らずに、日々、国民の半数はいる

アレルギー傾向(アレルギー体質)の素因が強く発現している方々は、

みすみす花粉被曝を受け続けて、

一部の難病予備群の方々が、

年々積み上がる仮想花粉被曝蓄積量の限界を超えて

発症への道を歩んで行かれるのを(免疫反応dormant期間を)、

放置してゆくことは、傍観できない、

居たたまれない不作為行為と考えられます。

 

特に花粉被曝に感受性の強いアレルギー家系の乳幼児が

マスク無しで野放しにされている実態は改善されるべきで、

安全なマスク着用などで、

花粉症や、乳幼児期の川崎病や将来の各種難病、

これら“花粉病”の発症の時期を遅らす方策をとる必要があると考える。

 

花粉避けの生活習慣の教育と多くの人々の行動・実践が求められる。

また1982年~1984年度、難病急増元年ともいうべき当時に、

一線で医療に携わっておられた臨床医の先生方には、

記憶を頼りに往時を回顧いただき、

日記や辛うじて残された診療記録を紐解いたりして、

もう一仕事していただけないだろうか。

 

医療関係出版や新聞編集に従事される・された方々には

当時の論文、記事を検索いただき、

どんな診療状況であったのかご検討いただきたい。


スギ花粉がtriggerとなり、

1型アレルギーの花粉症と4型アレルギーの川崎病や

多数の難病を発症させるプロセス、

抗原認識処理の免疫メカニズムの差異や発症年齢の前後関係等々究明すべき、

従来の研究方向・方法を変換する、

多くの難病研究のターゲットと研究パラダイムが提示されている。

 

謝辞:川崎病と無菌性髄膜炎等3疾患の相関解析と

   難病の疫学解析の第1号となる高安病の年次折れ線グラフを作成いただいた

   山下達也氏に感謝致します。

   川崎病についで難病患者数と花粉飛散数のmergeグラフも作成され、

   更には20年のズラし相関解析も実施いただいた

   岩田浩一氏に衷心より御礼申し上げます。

 

170609掲載「メラニン色素の化学と花粉症・川崎病等アレルギー疾患」。

科学新聞5面記事。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_084-1.pdf

 

171020「細胞」誌発行「メラニン合成代謝系・生体防御機構・創薬リード化合物FTSnonapeptide・機能性表示食品」171011・11月号掲載。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_084-2.pdf

 

190208科学新聞掲載 「1982年の大規模花粉飛散で難病患者急増」 川崎病、高安病ほか主要難病30疾患の発症が一斉に急増(同時多発)。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2019_084-3.pdf

 

 

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