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佐野クリケットチャレンジと多文化共生

2019/08/13

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

佐野厚生総合病院乳腺外科
和田真弘

 

2019年7月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

栃木県佐野市クリケット医師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は栃木県佐野市で診療している乳腺外科医である.

佐野市は私の生まれ故郷である.

 

10年ほど前に東京から戻ってきた.

その目的は,自分の故郷の人達の役に立ちたいという思いからである.


ところで,皆さんは佐野市をご存知だろうか.

多くの方は聞いたことすらないと思う.

 

ラーメン好きな方は,小耳に挟んだことがあるかもしれない.

そう,「佐野ラーメン」の発祥の地である.

週末には,他県ナンバーのクルマが,

市内のラーメン屋さんの駐車場にたくさん停まっている.

 

ここで,簡単に佐野市について紹介したい.

佐野市は栃木県の南部にある.

 

首都圏から70km程度であり,

「日帰り都市圏」ともいえる.

 

佐野には「佐野ラーメン」や「いもフライ」といった名物B級グルメがある.

さらに,大規模商業施設である「佐野プレミアムアウトレット」や

関東の三大師の1つである「佐野厄除け大師」もある.

 

このような観光資源を有した佐野市は,

観光入込客数も約860万人(平成27年)に達する.

 

これは,県庁所在地である宇都宮市,

全国的にも有名な観光地である日光市や那須塩原市に次ぐ数である.

 

一方で,大きな問題を抱えている.

人口減少問題である.

多くの地方市町村が抱える共通の問題の1つである.

 

佐野市の人口は,1990年より減少傾向が継続している.

現在の佐野市の人口は,118,420人である

(2019年5月1日現在,佐野市ホームページ「人口と世帯数」).

 

国立社会保障・人口問題研究所,

日本創成会議 による人口推計によれば,

40年後の2060年の佐野市は66,891人である.

現在の約半分である.

 

人口減少は必ず少子高齢社会へと進む.

急激な少子高齢化は,労働人口の減少,

市場の縮小につながるだけではなく,

現役世代への負担の増加へとつながる.

 

なぜなら,生産年齢人口の減少による市の税収が減り,

高齢化により社会保障関係費の増大など税支出が増大するからである.

 

その結果として,これまでに提供されてきた公共サービスの提供など,

生活基盤の維持すら困難になってしまう恐れがある.

 

そのためにも,

なんとかしてこの人口減少を是正緩和しなくてはならない.

 

特に社会増減について注目してみた.

佐野市では,平成27(2015)年度に

「佐野市人口ビジョン及び総合戦略策定のためのアンケート」が実施された.

 

それによれば,男女ともに20代の転出超過が激しくなっていた.

そのほとんどが首都圏への移動である.

 

また,男性よりも女性の転出超過が多くなっていることも

特筆すべきことであろう.

 

そのアンケートでは,市内在住者に対して,

佐野市外への引っ越しの予定について尋ねられた.

 

「引っ越すと思う」と回答したのは16.5%であった.

また,高校生を対象に将来も佐野市に居住したいか尋ねたところ,

「住みたい」と回答したのは20.7%にとどまった.

 

つまり,市内に通学する若年層の定住意向が低いことがわかった.

また,転出者を対象に転居の理由を尋ねた.

 

「進学・転勤・就業のため」が55.2%で過半数を占めており,

教育,就業による転出が多かった.

 

このアンケートからわかったことは,

若者達は自分の生まれた町では,

将来の人生設計を描けないということであろう.

 

そのような状況のなか,

佐野市は「クリケット」を活用した街作りプランを立てた.

 

クリケットによる地方創生である.

「人口減少にクリケット?」,

「いきなりなにゆえにクリケット?」と思われる方が大多数のはずだ.

それは当然である.

 

なぜなら,佐野市出身の筆者ですら同じ感想をもったからである.


私は一市民として,

佐野市の地方創生に

なぜクリケットでなくてはいけなかったのかという疑問にかられた.

 

そこで,これを機に,まずクリケットとはどんなスポーツなのか,

そして,佐野市とクリケットの関わりについて調べた.

 

日本人でクリケットの熱狂的なファンという人は,

私が知る限りでは少ない.

 

むしろ,日本人にとっては,

サッカーや野球の方が,圧倒的にメジャーなスポーツであろう.

 

クリケットは英国発祥のスポーツである.

そのため,英国のみならず,オーストラリア,インド,南アフリカ,

西インド諸島などの英連邦諸国を中心に大人気である.

 

世界の競技人口は,

サッカーに次いで第2位で3億人を超えるといわれている.

 

特にインド,パキスタン,スリランカ,

バングラデシュなどの南アジア諸国では,

圧倒的な人気を誇り,トップ選手の年収は30億円を超える.

 

ちなみに,日本プロ野球選手の2019年年俸ランキング1位は,

巨人の菅野智之投手で,推定6億5000万円である.

 

つまり,クリケットは,日本人には馴染みはないが,

実はワールドワイドに普及した人気スポーツなのでる.

 

次に,クリケットと佐野市と関連性の歴史について調べてみた.

佐野市から入手した資料と関係者からの話によれば,

2007年まで遡る.

 

その年に,佐野市に日本クリケット協会佐野支部が設立された.

これには民間人の個人的な地道な活動があったようである.

 

その後,日本クリケット協会佐野支部は,

地域での様々な活動をおこなってきた.

 

クリケットの体験会や市内の小中学校の訪問などである.

2011年には「クリケットのまち佐野」サポータークラブが設立された.

 

これは,民間全体のクリケット支援組織である.

このようにして,民間側は草の根的にクリケットの普及に努めてきた.

 

一方で,行政側のクリケットとの関わりの歴史についても調べてみた.

クリケットをおこなうのに,

まず確保しなくてはいけないものはグラウンド(ovalと呼ばれる)である.

 

半径70メートルほどの広大なフィールドが必要である.

佐野市の南部には渡良瀬川が流れている.

 

その河川敷にクリケットグラウンドの設置を行うことになった際に,

佐野市はその支援をおこなった.

 

2007年の日本クリケット協会佐野支部設立後の翌年のことである.

その後,継続的に佐野市は支援をしてきた.

 

そのような民間と行政の歴史的経緯がある中で,

佐野市役所の一人の職員が,将来の佐野市について熟慮した.

 

当時の佐野市政策調整課の萱原崇氏である.

彼は「佐野市の強みとして『クリケット』が最高のコンテンツである」と考え,

「『クリケットタウン佐野』創造プロジェクト」という企画をぶち立てた.

 

この企画を地域再生計画として,

国(内閣府)申請し,認めてもらった.

 

総事業費は約4億円の大プロジェクトある.

この壮大なプロジェクトを牽引する

プロジェクトマネージャーが民間から選出された.

秋山仁雄氏である.

 

秋山氏の選出には,BIZREACHを活用した.

285名の応募者から3次の選考を経た最終選考者が秋山氏である.

 

萱原氏と秋山氏の官民を代表とする2人が中心となって,

このプロジェクトを推し進めてきたわけである.

 

彼らはこれまでに様々なプランを立て,

実行に移してきた.

その1つを紹介したい.

 

日本唯一の本格的なクリケットグランドの整備である.

2018年3月に完成した.

 

名前は「佐野市国際クリケット場」である.

場所は,佐野市にある廃校となった旧栃木県立田沼高校である.

 

そのグランド跡地を利用して作られた.

このクリケット場は,

男子メイングラウンド,女子サブグラウンド,

人工芝の練習ピッチ,500名の観客席を有している.

 

さらに,特筆すべきことは,

メイングランドは全面天然芝であるといことである.

 

この天然芝はなにもクリケット選手のためだけのものではない.

クリケットを観戦しながら,

そこで寝転がって日がな一日読書をしてもいい.

あるいは,家族連れでお弁当を持ってきて,

ちょっとしたピクニックの場として使ってもいい.

 

もちろんグランドの周囲には,

すぐ目の前に山(唐沢山)があり,

川(秋山川)が流れている.

 

環境は申し分ない.

このグランドが,家族同士,あるいは地域の方々,

市街から訪れた方々,

さらには世界中から訪れた方々の交流の場になる

可能性を大きく秘めていると思われる.

これも秋山氏の戦略の1つである.

 

このような試みのバックグラウンドを支えているのが,

彼らのこのプロジェクトに対するビジョンである.

 

ポイントは3つである.

(1)クリケットをコンテンツにして,交流人口関係人口を増やす

  (認知度と魅力度の向上),

(2)ただ増やすだけでなく,彼らとの交流を促進し,

    有為な情報やネットワークを佐野の都市や文化に取り込めるようにする,

(3)これらを促進するため,クリケット場などの事業化を通じて,

サステイナブルな状態を作り,多文化共生対応を進める.

 

いずれのビジョンも過疎化が進む

多くの地方都市の創生に必要不可欠なビジョンであると思う.

 

特に,多文化共生については,

このプロジェクトを通して,

私が最も重要であると考えていることである.

 

佐野市民の多くは,

その他の地方の方々と同様に,内向きである.

 

外国人の友人を持っている人も少ない.

私もこのプロジェクトに参加する前は,

佐野市内に在住する外国人の友達にはいなかった.

 

しかし,このクリケットタウン佐野創造プロジェクトにより,

その他の地域よりも確実に多くの外国人が来訪することになる.

しかも,その時期はすぐにやってくる.

 

私は,プロジェクトマネージャーの秋山氏から,

ある1つの論考を紹介された.

 

「寛容社会 : 多文化共生のために〈住〉ができること」

(Lifull Home’s総研出版)である.

 

その序章は島原万丈氏が執筆している.

そこで「不寛容社会日本」の問題点を厳しく指摘している.

 

この論考を熟読した上で,

あらためて今回の佐野クリケットチャレンジの概要を見直してみた.

 

すると,このプロジェクトは,

佐野市民がクリケットのファンになり,

街おこしをすることでは決してはないと理解をあらためた.

 

佐野市民がクリケットというコンテンツを通して,

多文化共生を試行錯誤しながら,

学び続けていくことに他ならないのである.

 

このことに佐野市民が気付くことが,

このプロジェクトを成功させるために重要なことではないかと考えた.

 

2019年6月,佐野市国際クリケット場で

U19ワールドカップ東アジア太平洋予選が開催された.

 

日本代表は,なんと本大会を無敗で優勝するという快挙を成し遂げた.

2020年の南アフリカで開催されるワールドカップへ出場する.

 

もはや佐野市民に多文化共生の準備に待ったなしである.

先日も私はミヤンマーの乳癌患者さんの手術した.

 

むしろ,準備なんか必要ないのかもしれない.

現場で直接学んでいくことのほうが重要であろう.

 

私は乳腺外科医として,

日々の診療で訪れる外国人の方に,

拙い英語をフル活用して,

全力でコミュニケーションをとっていくことにした.

 

 

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