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上海市で活かされる震災後の福島県の知見

2019/10/26

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

尾崎章彦

 

2019926日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

 

上海

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の915日から16日にかけて

上海市松江区のCDC

Center for Disease Prevention and Control、疾病予防管理センター)

を訪問した。

 

 

上海復旦大学公衆衛生大学院と

医療ガバナンス研究所が継続してきた

共同研究の打ち合わせに参加するためである。

 

上海市松江区は、

上海タワーなどが存在する上海市中心部から

南西に20kmほどのところに位置している。

 

600km2の面積があり、

60万人ほどの登録人口の一方で、

常住人口は175万人を誇る。

 

2つの人口の差の大部分が

上海市の外から流入している労働者によるものを考えると、

現地の経済が活況を呈していることがわかるだろう。

 

松江区の保健所にはスタッフが137人おり、

地域住民の感染症や慢性疾患の管理・予防に従事している。

 

最も驚いたのは

松江区の住民の平均寿命が83歳と

非常に優れた水準にあることだ。

 

日本の平均寿命は84歳であり、

ほぼ同等の水準である。

 

また、死亡原因は

がんや循環器疾患が上位を占めており、

この点も日本と似通っている。

 

CDCのスタッフによると、

「松江区において感染症の管理は近年大幅に改善されており、

 一方で、慢性疾患が大きな問題となっている。」ということだった。

 

もちろん、生活水準が

中国の中でもハイエンドに位置するであろう

上海市の現状をもって、中国全体を代表させるには無理があるだろう。

 

ただ、現地の保健関係者から話を伺う限り、

日本と上海市が抱えている問題には

大差ないように思われた。

 

今回、復旦大学公衆衛生大学院との会議が

上海市松江区のCDCにおいて実施されたのは、

両者が歴史的に密な連携を取りながら

現地での保健行政に尽力してきたからだ。

 

復旦大学公衆衛生大学院の責任者として

今回の訪問を現地でアレンジしてくださったのが、

Professor Genming Zhaoである。

 

公衆衛生大学院においては

学生を指導する立場にあり、

CDCにもその卒業生が多く在籍している。

 

また、Professor Zhaoは、

上海市松江区の住民を対象にした

コホートデータを用いての調査なども数多く実施しており、

現地の公衆衛生領域のキーパーソンである。

 

彼らの充実した体制を考えた際、

率直に浮かぶ疑問は、

私たちが、Professor Zhaoが率いるチームに、

どのような強みを提供することができるのだろうかというものである。

 

その疑問を解決する上で1つ参考になるのは、

今回の会議におけるProfessor Zhaoの発言だ。

 

彼が繰り返し強調していたのは、

論文としてデータをまとめることの重要性だ。

 

私たちのチームにおいては、

診療によって現場のニーズに応えることに最大の価値を置きつつも、

その中でデータをまとめて論文を発表することも大事にしてきた。

 

そこで、まずは近年の上海市の公衆衛生領域において、

どのような研究テーマが注目されているか、

Professor Zhaoの近年の研究テーマを通して探ってみた。

 

2019920日時点でPubmedに掲載されている

Professor Zhao2018年以降の論文

24報(201812報、201912報)を抽出し、そのテーマを調査した。

 

すると、感染症に関する論文が14報、

生活習慣・慢性疾患に関する論文が7報、

がんに関する論文が3報存在した。

 

なお、感染症領域、生活習慣・慢性疾患領域、

がんの領域で最も多かったテーマは、

それぞれインフルエンザ、肥満、大腸がんであった。

 

興味深いのは、

2018年と2019年の2カ年の間においても

発表されている論文のテーマが大きく異なっていたことである。

 

例えば、

2018年においては12報のうち9報が感染症、

2報が慢性疾患、

1報ががんに関するものだったが、

2019年においては、

感染症が5報に減少し、慢性疾患が5報、

残りの2報ががんに関するものと増加傾向であった。

 

このように、近年の上海市の疾病負担に応じて、

Professor Zhaoのチームにおいても

慢性疾患やがんにより注力していることが伺われた。

 

とは言え、

がんに関しての調査は

その疾病負担の大きさと重要性に比較すれば

まだまだ数が少なく、今後さらなる発展が望まれる領域と言える。

 

ではどのようなテーマが

今後上海市のがん管理を改善する上で

必要とされる調査だろうか。

 

そのヒントは震災後の福島県にあるかもしれない。

 

筆者らはこれまで福島県浜通り地方で

震災後のがん患者の健康問題に取り組んできた。

 

1つのテーマが

福島県沿岸部の乳がん患者における

医療機関受診の遅れである。

 

震災後、震災前と比較して、

症状自覚後に医療機関受診が遅延する

乳がん患者が長期的に増加した。

 

震災後の被災地で問題になったのは、

必ずしも、インフラや医療機関への物理的な損傷ではなかった。

 

それ以上に、若年者や中年層が避難したことで

高齢化や人口減少が進行し、コミュニティーが脆弱化したり、

社会的サポートが減少した。

 

結果として、

家族から得られるサポートの重要性が

震災前と比較して増し、

結果的にそのような家族からのサポートがない患者においては、

医療機関への受診が遅れる傾向にあった。

 

上海市においては

日本を上回るスピードで高齢化が進行している。

 

その元凶となった一人っ子政策は

2015年に廃止されたが、

2016年の推計では、204050年には、

上海市の登録人口における60歳以上の人口は44.5%に達し、

日本を超えるという。

 

現に、上海市松江区における出生率は

現在も0.7%と低い水準に保たれていると言う。

 

上海市松江区の住民ががんになった時、

家族は彼らを十分に支えることはできるだろうか。

 

震災後の福島で得られた知見を

上海市の住民のために活かすことができないか、今後模索していきたい。

 

 

 

 

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