各分野の専門家が医師の転職や開業などに必要な情報を配信します。

トップ > 医師からの情報発信 > 自由民主党日本国憲法改正草案対照表読後感-医療倫理の立場から-(2)

自由民主党日本国憲法改正草案対照表読後感-医療倫理の立場から-(2)

2017/01/20

 

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

医療制度研究会 理事長
中澤堅次

2017年1月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

憲法改正は、医療にも国民の生活にも大きな変化を生むと考え、

前回日本国憲法と自由民主党憲法改正草案を比較し感想文を投稿しました。

 

その後、医療制度研究会では第一回の勉強会を開き、

講師の聖学院大学石川裕一郎先生のご講演から新しく得た視点を加え、

今回(2)として改訂版を作りました。

 

前回取り上げた事項は要約して残し、

新しく学んだ項目を付け加える方式で回を重ねてゆきたいと思います。

 

今回新しく追加した項目は、

婚姻の基本原則を変える第二十四条。

最高法規から基本的人権に関する規定を削除した第九十七条。

天皇、首相を含むすべての公務員に遵守義務を定めた憲法規定に、

新たに国民の遵守義務を課した第九十九条などです。

 

<憲法前文について>

憲法前文における大きな違いは、

現行憲法が国民主権を最重要に掲げ、

国政における権力は、選挙で選ばれた国民の代表者が、

国民福利のために権力を行使すると述べているのに対し、

改正草案では、日本国は国民統合の象徴たる天皇の基に統治される国家であり、

国民主権のもと三権分立制により統治されると述べています。

 

草案の文体は受け身なので誰が統治するかがあいまいで、

象徴天皇が国を統治するとも、

選挙で勝った権力者が国を統治するとも取れる内容です。

 

また三権分立は、国民の権利を独裁から守るための仕組みですが、

これを統治のための道具と曲げて解釈しているようにも取れます。


現行憲法は、恒久平和と国民主権の達成という崇高な理想のために、

価値観を共有する諸外国とともに国民が努力するとしているのに対し、

改正草案では、国家が諸外国と友好関係を保ち、

国際平和と繁栄に貢献するとし、

国民は、国と郷土の自守、和を尊び、家族や社会全体が助け合って国家を成し、

自由と規律、自然環境の保守、教育と科学技術の振興、経済活動を通じて、

国の成長のために行動すると、国家に対する国民のあるべき姿を、

憲法が細かく定めていることが特徴です。


以下は第一回の石川裕一郎先生のご講演から、

相違が目立った項目をいくつか取り上げ、感想を述べてみました。

 

第一章 <天皇>
現憲法では、天皇は日本国の象徴ですが、

改正案では日本国の元首とし、日の丸と君が代を国旗と国歌に定め、

国民に尊重義務を課しており、天皇をより強く意識した条文になっています。

 

◇ 第九条 戦争放棄
戦争放棄は現憲法の主眼ですが、

改正草案は、戦争放棄は今まで通りだが、

自衛権の発動は別という立場です。

これについては二回目の講演会で勉強する予定です。


第三章 国民の権利及び義務
この項は、医療の理念と考えられている病人権利と深い関係があり詳しく述べてみます。

 

◇第十一条 基本的人権の享有
現憲法では、国民は「すべての基本的人権の享有を妨げられない」としていますが、

改定草案では簡潔に「享有する」とだけ書かれています。

 

「享有を妨げられない」というのは、

妨げる可能性があることを想定してこれを否定しており、

妨げる意図のあるものに抑制的な効果をもたらします。

 

一方、「享有する」という表現は、

自然に備わっているという意味に近く、

妨げる側にも、妨げられる側にも、

また第三者としての国民にも抑制的には働きません。

 

いじめという人権侵害がとことん進み、

孤立した生徒が死んでからはじめて社会が動き出し、

責任はだれにあるのかわからない現状を肯定した表現になっています。


「基本的人権の享有を妨げられない」という文言を病人権利に当てはめると、

病気の人の基本的人権は侵してはならないという意味が明確になり、

私たちが反省点と考えているハンセン病の隔離政策や水俣公害などのケースでも、

国や企業が、企画、計画の段階から

人権侵害を意識して対策を立てる必要が生まれると感じます。

 

◇第十二条 国民の責務
現行憲法と改正草案は双方とも、国民に自由と権利を保障し、

濫用を諫める内容になっています。

 

現行憲法は「権利は公共の福祉のために利用する」として、

方向性を国民の福祉に置いているのに対し、

改正草案では「公益と公の秩序に反してはならない」とし、

国民の義務を強調した形です。

 

しかし、公益と公の秩序は、

場所や時代や立場の違いで異なる普遍性のない基準で、

これを憲法で定義すると、法律の上位にある憲法が、

あいまいな基準で権利の制限を幅広く課せることになり、

民主主義国家の憲法ではありえない形ではないかと思われます。

 

◇第十三条 人としての尊重
現行憲法は、「すべて国民は個人として尊重される」と書かれていますが、

改正草案では「人として尊重される」になっています。

 

この違いは医療者には違和感のある表現です。

実際人間の生命現象は遺伝子により支配され、

個人個人で異なることが根本の原理です。

 

そのために医療には個別のカルテがあり、

個人を取り違えると大きな悲劇が発生します。

 

多職種によるサービスも個人を対象にするものであり、

医療場面では、病人を個人として扱うようにしつこく教育されるのが普通です。

 

個人と人との区別はそれこそ、人類普遍の原理であり、

それを憲法が人だと言うと、医療の根本理念まで変わってしまい、

現場の混乱は必至です。


公共の福祉の最も重要な部分は、個人に根差しています。

この意味もまじめに考えて確認しなければならないと思います。

 

ご講演で石川先生は次のように述べておられます。

憲法で個人ではなく人だいうと、

それは人を集団として考えることを意味する。

これは国民の権利を根本から変更するもので、

多くの識者は13条の改正が最も注意すべき変更点と考えている。

 

個人ではなく、人の権利だと定義することが、

人権に対しどのような意味を持つのか、

改正草案ではその理由を明確に述べていない。

 

◇第二十四条 家族婚姻に関する基本原則の変更
日本国憲法24条では、婚姻は両性の合意「のみ」に基づいて成立し、

婚姻や家族に関する法律は、

個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して

制定されなければならないと述べています。

 

これに対し改憲草案では、

現行の条文に「家族を社会の基礎的な単位として尊重し、

家族は互いに助け合わなければならない」という文章を追加しており、

さらに「婚姻は両性の合意のみに基づく」とする文言から「のみ」を抜いて、

家族の関わりもある程度認めるかのような表現をしています。

 

この件に関し、石川先生は次のように述べています。

改正案には、共同体の基層をなすのは家族であり、

婚姻はその形成主体だという観念があり、

これは「もともと日本に存在しなかった個人主義の呪縛から脱出し、

家族を形成主体としたい」と主張する人たちの意見を反映している。

 

◇第九十七条 最高法規から基本的人権に関する規定を削除。
現行憲法97条は、憲法が日本国民に対し基本的人権を保障するとし、

これは人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、

過去幾多の試練を経て得られたとして、

第十章の特別法規として別扱いにしています。

改正草案では、この条文全てを削除するという大きな方向転換を示しています。


基本的人権はフランス革命やアメリカ独立戦争などを通じ、

人類が多くの血を流しながら勝ち取ってきたもので、

我が国でも大きな犠牲を伴った太平洋戦争という悲惨な歴史を経て、

今日の選挙権や表現の自由などにつながっています。

 

民主主義の根本理念の一つである基本的人権を

単に他国からおしつけられたという理由で無視することは、

過去の戦争で多くの国民の血が流されたという事実をも

無視することになると思います。

 

◇第九十九条 すべて公務員は憲法を擁護する義務があるが、国民にはその義務はない。
現行憲法では、天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、

この憲法を尊重し擁護する義務を負ふとしていますが、

国民にはその義務を求めていません。

 

このことにつき石川先生は次のように説明されています。
近代憲法では、国民が代表者を選び、

代表者は国民の福利のために法律を作り、

国民は法律を遵守する義務を負う。

 

代表者は大きな権限を持つが、憲法に従うことで、

国民の信託に応えるというのが本来の仕組み、

大きな権限を持つ大統領は米国も仏国でも韓国でも、

就任に際し国家=憲法に忠誠を誓う。


一方、改正草案では現行憲法条文の前に1項を追加し、

国民にも憲法の尊重義務を課し、

さらに、現行憲法で定める天皇および摂政の憲法擁護義務を外しています。

 

これを見ると、改正草案が示す国民と公務員との関係は、

戦前と同じ構造、あるいはもっと権力に有利な制度だと感じます。

国民に対し誰も責任を持たないまま突っ走った、

戦争の悪夢がよみがえる可能性ありと感じてしまいます。

 

03

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<まとめ>
憲法を学ぶ私たちの勉強会はまだ始まったばかりですが、

重要なことを学びました。

 

公式なたたき台である自由民主党憲法改正草案の第一の目的は、

9条を改正し自衛のための戦争を可能にすることにあると思います。

 

そして、有効に戦うためには、民主主義を基本から変え、

戦前の仕組みに戻すことを意図しているようです。

 

日本は民主主義国家となってからまだ日が浅く、

民主主義国家として国民の生存をかけた経験がありません。

かといって侵略に備えるためになすべきことが、

戦前へのタイムスリップだというのも現実味のない話です。


民主主義国家が国防のために何を成すべきかを考えるためには、

国民に甚大な被害をもたらした過去の戦争の経験を正視し、

現代における危機を正しく認識し、

対策を考えることが必要だと思います。

 

医療制度研究会では、

第2回勉強会で9条をテーマに

自由民主党政務調査会審議役の田村重信先生のお話をお聞きしました。

 

また、第5回草津セミナー(2017年4月15、16日現地開催)でも

この問題を取り上げる予定です。

詳しくは近日中に医療制度研究会HPにてご案内いたします。

 

お問い合わせはこちら