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高野病院が被災地の医療で果たしてきた役割と被災地医療の構造的な問題

2017/02/06

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。

 

この原稿はハフィントン・ポストからの転載です。

http://www.huffingtonpost.jp/akihiko-ozaki/takano-hospital_b_14537932.html

 

南相馬市立総合病院
尾崎章彦

2017年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

 

高野病院を支援する会事務局長を務めております尾崎章彦と申します。

 

高野病院は,福島県双葉郡広野町に位置する民間病院です。

今回,院長かつ唯一の常勤医でいらした高野英男氏が

2016年12月30日自宅での火事で亡くなったことで,

高野病院は存続の危機に立っています。

 

高野病院で医療が継続されることは、

地域にとって絶対に重要なことです。

 

震災後の高野病院は、

双葉郡の救急医療においても重要な役割を果たしてきました。

 

もともと高野病院は二次救急施設ではありません。

しかし、震災後に双葉郡の他の医療機関が閉鎖したことに伴い、

嫌が応でもその役割が大きくなりました。

 

平成27年に高野病院が受け入れた救急車は61台。

決して絶対数は多くありませんが,

広野町に居住する住民の数は復興関連の作業員も含めて6000人程度ですので,

地域の救急搬送の大多数を受け入れていたと思われます。

 

実は、私自身がそのことを実感する出来事がありました。

1月中旬に私が勤務する南相馬市立総合病院において

当直業務を行なっていた時のことです。

 

朝方に交通事故と内科疾患で2件救急車がいらっしゃいましたが,

いずれも双葉郡からの搬送でした。

 

高野病院への搬送が難しく,

いずれも30分〜1時間程度かけて私たちの病院まで搬送されて来たのでした。

私たちの病院に連絡する前に,

いわき市の病院にも問い合わせを行ったそうですが、

受け入れが難しかったようです。

 

高野病院への緊急搬送が困難な場合、

いわき市や南相馬市に搬送すれば良いのではとする議論もあるようですが,

長距離の移動は、患者や家族だけでなく救急隊にとっても大きな負担となります。

 

「高野院長がご存命の時は断らずに受け入れてくださるので助かっていました。」と

救急隊の方がおっしゃっていました。

 

病院は社会インフラの一つです。

なくなってしまった場合、住民の生活に及ぼす影響は甚大なのです。

 

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さらに、高野病院には65床の療養病棟が存在しており,

長期的なケアが必要な高齢患者や慢性期の患者さんが入院しています。

 

入院の背景や原疾患は様々ですが,

ほとんどの患者さんは自宅に帰ることなく高野病院で「最期」を迎えます。

 

実は,このようなタイプの医療は,若年者が減少し,

高齢化が進行した浜通りの被災地において最も必要とされているものの一つです。

 

その背景には,震災後に起こった家族構成や社会構造の変化があります。

今回の震災後、放射能を恐れて若年者の大多数が他地域に避難した一方で,

高齢者の多くは被災地に留まりました。

 

その結果,被災地においては高齢化が進行し,

また,高齢者のみの世帯の割合が増加しています。

 

このような変化は,高齢者のケアにどのような影響を及ぼすでしょうか。

例えば,二世帯が同居している場合,

若い子どもが高齢の親が病院への受診や自宅療養を手助けすることが可能です。

 

しかし、高齢者のみの家庭においては、

若年者のサポートを受けられません。

 

その結果、高齢者の異常の発見や病院への受診が遅れる他、

入院中の患者が退院を希望したとしても退院が叶わないこともあるでしょう。

 

本来,医療や介護はそのような変化に対応し,

不足を補うことが求められますが,

双葉郡において高野病院以外に療養病床を運営していた西病院(37床),

今村病院(54床)はいずれも震災後診療を中止したままです。

 

そのため,今後高野病院が立ち行かなくなった場合,

双葉郡で長期的なケアが必要になった患者は,

いわき市や南相馬市など近隣自治体の医療機関に入院する他ありません。

 

結果として、故郷から離れて

長期の入院生活を余儀なくされる患者さんだけでなく、

それを支える家族においても負担が増加するでしょう。

 

また,高野病院には53床の精神科病棟があります。

現在、状態が大きく動いている急性期の患者は少なく、

長期入院患者が大多数を占めています。

 

あまり知られていませんが、

相双地区の精神科診療は東日本大震災に大きな影響を受けました。

 

震災前,相双地区(相馬地方と双葉地方を併せた呼称)においては,

高野病院の他に,雲雀ヶ丘病院 (南相馬市、254床),

小高赤坂病院 (南相馬市、104床)、双葉病院 (大熊町、350床) 、

双葉厚生病院(双葉町、140床)と

4つの医療機関が精神科診療を行なっていました。

 

しかし,震災の影響で,小高赤坂病院,双葉病院、双葉厚生病院、

高野病院は診療を中止します。

このうち、高野病院は2012年に診療を再開し、現在に至っています。

 

一方、雲雀ヶ丘病院は震災後も診療を継続しましたが、

60床と大幅に規模を縮小しています。

(なお、小高赤坂病院は、2017年8月に新地町において再開予定ですが、

病床のないクリニックの形態をとるようです。)

 

結果として、現状相双地区で稼働している精神科病床は

震災前の約900床から大幅に減少した100床程度に過ぎません。

そして、現在、高野病院にはその約半分が存在しているという状況です。

 

また、震災後に相双地区から

福島県外に避難を余儀なくされた精神科患者においては、

依然として福島県に帰還できていない方々も少なくありません。

その一つの理由が、同地区内に十分な精神科病床がなく、

受け入れが不可能なことです。

 

以上のように、高野病院の役割を、

高齢者の慢性期ケア、精神科診療、緊急医療の3点から議論してきました。

以上を読めば、高野病院が震災後の双葉郡の地域医療において果たしてきた

具体的な役割をある程度ご理解いただけると思います。

 

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高野病院を支援する会においては、

高野病院存続の危機に際し、

高野院長の「美談」の背景にある

被災地医療の構造的な問題を繰り返し指摘してきました。

 

高野病院の例に示されるように、

被災地の医療においては,

しばしばひとりのヒーローの頑張りによって医療が成立しています。

 

このようなケースにおいては、

そのヒーローがいなくなってしまった時に

医療が崩壊するリスクを秘めています。

 

しかし、医療はインフラであり、

安定した医療を住民や患者に提供するためには

そもそも個人に過度に依存しないシステム作りが重要です。

 

特に、福島県の双葉郡は、

福島第一原子力発電所事故において未曾有の被害を受け、

ほとんどの住民が避難を余儀なくされました。

 

現在国主導で住民の帰還が推し進められています。

2015年9月には楢葉町の避難指示が解除となりました。

2017年春には浪江町や富岡町において、

2017年秋には大熊町において避難指示が解除となる予定です。

 

しかし、このプロセスには必ずしも住民の意向は反映されていません。

実際、楢葉町に帰還している住民は

元々の人口の十分の一程度に留まっております。

 

このような特殊な事情を省みた際に、

国あるいは県がイニシアチブをとってその地域の医療体制を整え、

住民の帰還を促すことは当然のことと考えます。

 

しかし、現状は、そのような理想から程遠い状態であり、

高野病院がこのような状況にあってなお

福島県の対応は「及び腰」と呼ばざるを得ません。

 

なお、院長のご逝去から1月18日に行われた

「高野病院の体制に関する第二回の緊急会議」までの福島県の対応に関しては,

ハフィントンポストにおいて以前に掲載していただいておりますので、

ご高覧いただければ幸いです。

(http://www.huffingtonpost.jp/akihiko-ozaki/takano-hospital-and-fukushima-prefecture_b_14277516.html)。

 

それでは、高野院長がお亡くなりになった現在、

高野病院はどのような形で「あり続ける」のが望ましいでしょうか。

 

ヒントになるのが、

生前高野院長が理想にしていた「地域住民と共存する」という概念です。

 

私見では、既存の診療機能をできる限り維持しつつも、

住民のニーズを拾い上げて

これまで以上に地域に根ざした病院になることが重要なのではと考えています。

 

住民との対話も少しずつ始まっています。

小規模の勉強会を繰り返し開いて

高野病院の現状に理解を広めてもらうとともに、

住民がどのような医療ニーズをもっているか見極めようとしています。

 

すぐに成果は出ないかもしれませんが、

このような顔の見える取り組みは

住民の方との信頼関係を築く上でも非常に重要です。

 

4月以降の体制に関しては定まっていませんが、

高野病院を支援する会ではできることを

淡々と引き続きやっていきたいと考えております。

 

 

 

 

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