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「刑事裁判」と「警察届出」の件数が昔に戻った

*この原稿はMRIC by 医療ガバナンス学会の許可を受け転載しています。  

 

この原稿は月刊集中1月末日発売号からの転載です。

 

井上法律事務所所長 弁護士

井上清成

 

2020115日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

 

弁護士からの発信

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.医療行為と刑事責任の研究会

「医療行為と刑事責任の研究会」

(座長・樋口範雄・武蔵野大学法学部教授)が、

平成31年(2019年)3月29日付けで

「医療行為と刑事責任について(中間報告)」を取りまとめていた。

 

しかし、厚生労働省は

その提出を受けていたものの9ヶ月近くは公表せず、

昨年(2019円)末の12月27日にやっと公表に踏み切り、

今は厚労省ホームページに掲載されている。

 

その「医療行為と刑事責任について(中間報告)」の公表資料によると、

「医療行為と刑事責任の関係」は、

医療事故の当事者たる医療従事者への

業務上過失致死罪(刑法第211条)の適用の有無を中心とした問題であり、

刑事捜査、診療実務等の観点から刑事医療過誤裁判例の分析等を行うため、

有識者による研究会を開催(平成29年4月から開催)したものであったらしい。

高名な刑法学者も複数、そのメンバーとして参加していた。

 

.刑事裁判件数はピーク時の23分の1に減少

「刑事医療裁判等の推移」の項目を見ると、

「平成17年~平成19年のピークを認め、その後減少している。

平成28年の刑事裁判件数は2件にとどまっていた。」とのことである。

 

確かに、推移表によると、

平成17年(2005年)の刑事裁判件数は47件であったのに対して、

平成28年(2016年)の刑事裁判件数は2件に激減していた。

 

現在(2016年)の刑事裁判件数(2件)は、

ピーク時(2005年、47件)の23分の1に減少していたのである。

 

ただ、これは、かつて普通だったものが

異常に減ったということではない。

 

ピーク時(2005年、47件)の少し前である平成11年(1999年)は、

平成28年(2016年)と全く同じ2件であった。

 

平成12年(2000年)も大差はなく5件であり、

近時の平成27年(2015年)も15年前と同じく5件である。

 

つまり、平成11年(1999年)や

平成12年(2000年)には2件とか5件であったものが、

2000年代になって激増して、

遂にピーク時である平成17年(2005年)には

47件にも達したけれども、

その後はまた減少に転じて、

結局、平成27年(2015年)や

平成28年(2016年)に至ると、

15~17年前と同じくやはり5件とか2件に戻ったのであった。

 

正確に言えば、激減したのではなく、

一過性で激増したものが単に昔に戻っただけであると評しえよう。

 

したがって、過去も現在も刑事医療裁判件数は、

何ら変わっていないと言ってよい。

 

.警察への届出件数も正常化して昔に戻った

同じ推移表には、

「刑事裁判件数」だけでなく、

「警察への届出等総数」も載っている。

 

結論から言えば、

これも「刑事裁判件数」とトレンドが同じだと評してよい。

 

「警察への届出等総数」も単に昔に戻っただけであった。

 

「警察への届出等総数」は、

「刑事裁判件数」よりも1年前の平成16年(2004年)に

ピーク時(255件)を迎えている。

 

推移表には掲載されていないが、

全く別の他の統計によると、

平成11年(1999年)には41件であったところ、

ピーク時(2004年)にはその6倍以上の255件にまで達し、

現在(2017年)には18年前とほぼ同じ46件にまで戻っていた。

 

つまり、現在は「警察への届出等総数」が6分の1以下に減少したのではなく、

18年前(1999年)と同じ水準に戻っただけのことなのである。

 

.医学的な知見の警察への提供は必要なのか

ところが、中間報告の「今後の検討課題」には、

次のような提言らしきものが載っていた。

 

そのまま引用すると、次のとおりである。

 

「第二に、刑事医療裁判においては、

一般に、捜査機関に高度な医学的知識が求められる。

 

たとえば、前記県立病院事件(福島地裁平20.8.20.)において、

検察官が結果回避義務の存在の証明を行っていないと判示され無罪となっていることや、

医学が高度に専門分化していること等を踏まえると、

捜査機関が、迅速に適切な鑑定人を選任できるような体制を整備することは、

不必要な捜査や裁判を防ぐことにもつながり、医療従事者のみならず、

被害者・家族にとっても望ましいことであると考えられる。

 

こうした観点から、捜査機関に対して、

捜査に必要な医学的な知見を医学の専門家等から提供できるような体制を

整備することが必要ではないか。」(提言の「第二」をそのまま全文引用)

 

 

しかしながら、

その提言を実際に行ったならば、

どのような事態になるのであろうか。

 

すでに見て来たように、

「刑事裁判件数」も「警察への届出等総数」も、

現在の水準は、ピーク時(2005年~2004年)を通り過ぎて、

1999年頃のもともとの水準に戻っている。

 

ところが、今ここで、

「捜査に必要な医学的知見を医学の専門家等から提供できるような体制を整備」

して実際に行ったならば、

たとえば「刑事裁判件数」が

「2件」から「1件」または「0件」に減るのであろうか。

 

むしろ、それよりも、

「2件」が「11件」(2012年水準)や

「14件」(2007年水準)や「21件」(2006年水準)といった件数に増加する、

と予測するのが自然なのではないかと思う。

 

現実問題として考えると、

「2件」が「0件」に減少するよりも、

「2件」が「11件」以上に増加する方が容易であろうと予想する。

 

もしもそのような事態になったとすると、

せっかく20年近くかけて、

元来の水準に戻ったトレンドを逆行させてしまう。

 

長い年月をかけた自然な推移を尊重し、

あえて人為的に動かさなくてもよいように感じる。

 

.いずれは刑法211条を適用除外に

現在の「刑事裁判件数」や「警察への届出等件数」を持続していくならば、

徐々にこのような傾向を皆が当然と感じられるようになるであろう。

 

そうすれば、医療界が無理に医療だけを業務上過失致死罪等から外そうとしなくても、

国民全体が自然と「刑法211条の医療への適用除外」に向かっていく。

 

その時にこそ、力尽くでなく、

自ずと国会の立法による適用除外への改正の道が開かれるのである。

 

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